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股関節不安定性③:筋による制御

股関節不安定性第3弾。今回は不安定性の動的制御についてまとめていきます。

 

(1)股関節の副運動

 まず、股関節の不安定性に関わる、臼蓋内での大腿骨頭の副運動量に関する報告をまとめていきます。

 

 骨形態学的に安定した構造である股関節でも、その他の滑膜性関節と同じように副運動が起こることが報告されています。

 

【文献レビュー】

①Shuらは、股関節は完全な球関節ではないため、関節運動に伴って、rollingやglideといった副運動が起こり、大腿骨頭中心は2~5mmの並進運動が起こるだろうと述べています(文献1)。

 

②Akiyamaらは、股関節15°伸展およびFABER testの大腿骨頭中心の変位量を計測し、健常成人男性において、他動伸展時は腹側方向に0.23±0.45mm,FABER test時は背側に0.38±0.40mm変位したと報告してます(文献2)。

 

③Safranらは、屍体股関節に対して、屈曲/伸展,内転/外転,内旋/外旋を組み合わせた計36肢位における大腿骨頭中心変位量を測定しています。彼らは、腹側方向への変位の最大値の平均は2.1±1.8mm、背側方向への変位の最大値の平均は-2.9±1.8mmであったと報告しています。

  また、大腿骨頭は屈曲・内旋の組み合わせでは腹側へ、伸展・外旋の組み合わせでは背側へ変位していました(文献3)。

 

徒手的な操作を行った報告で、Peterらは,大腿骨頭に対し,前方‐後方へのmobilizationを行った際(加えた力は被験者の体重の50%)平均2.0mm(最小‐最大:0.8mm‐4.2mm)変位したと報告しています(文献4)。

 

⑤Linnらは,屍体股関節を用いて,大腿骨頭に356Nの後方‐前方のmobilizationを行い,平均1.52mm(最小‐最大:0.25mm‐2.90mm)の変位を認めたと報告しています(文献5)。

 

 これらの報告から、股関節では、腹側に比して背側方向への並進運動が大きいことが示唆されています。

 

 一方、以前の記事(股関節不安定性)から、股関節不安定性は前方の関節唇や腸骨大腿靭帯の損傷等により、腹側方向への不安定性が特に増大すると考えられます。

 

 股関節の前方被覆率は後方よりも小さいため、腹側方向への大腿骨並進運動を制御するためには、筋による大腿骨頭の制御が不可欠と言えます

 

(2)股関節周囲筋の特徴

 股関節は球関節であり、多数の筋が周囲に存在します。筋の作用もそれぞれ特徴的で、ある一平面では拮抗筋の関係にある筋が、他の平面では共同筋になったりします

 

 例えば、大腿筋膜張筋(TFL)と中殿筋の後部線維を考えてみましょう。まず両者の代表的な作用は外転であることから、前額面上の運動では共同筋として働きます。

 一方、矢状面ではTFLは屈曲、中殿筋後部は伸展作用を有しており、拮抗筋の関係になります。さらに、水平面上では、TFLは内旋、中殿筋後部は外旋と作用をもつため、ここでも拮抗の関係をとることになります。

 

 このように、球関節である股関節においては、各平面における筋間の関係を理解し、筋バランスの不均衡を修正していくことが求められます

 TFLと中殿筋後部の関係で言えば、TFLが過剰に働くことで、股関節外転時に屈曲・内旋方向に変位しやすくなってしまいます。

 

(3)筋のインバランスと不安定性

 上記でみたように、股関節の安定性を保つためには、共同筋と拮抗筋の間のインバランスを改善することが大切です。

 

 さらに、共同筋間においても、インバランスが認められることがあり、その結果股関節の不安定性を増大させ、関節へのストレスを増大させる可能性があることが報告されています。

 

 Lewisら(2007;文献6)は、筋骨格モデルによるシミュレーション研究にて、屈曲の主動作筋である腸腰筋と、伸展の主動作筋である大殿筋の筋力をそれぞれ低下させたときに、共同筋間でどのような活動の変化が起こるか報告しています。

 

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 股関節屈曲において、腸腰筋の筋力を50%減少させると、伸展位から屈曲していく際の股関節前方ストレスが増大します。

 さらに、腸腰筋の筋力低下を代償するように、TFLや縫工筋、長内転筋といった屈曲共同筋の活動が大きくなります。

 腸腰筋以外の屈曲共同筋は屈曲以外の作用も持つため、それぞれの筋の「余分な運動」を打ち消し合うために、多くの筋が動員されます

 

 腸腰筋の筋力低下があっても、見かけ上は同じような屈曲が可能です。しかし、活動する筋や、股関節に加わっている力は大きく異なるのです。

 

 一方、股関節伸展において、大殿筋の筋力が低下した場合、半膜様筋(SM)・縫工筋・TFLの活動が増大し、前方へのストレスも大きくなります。

 

 股関節伸筋であるSMは股関節内転・内旋作用を併せて持っています。この作用を打ち消すために、縫工筋やTFLといった筋が動員されていると考えられます

 

 しかし、この2つの筋は股関節の屈筋であるため、伸展運動を阻害します。さらに、屈筋と伸筋の同時活動により、股関節への圧縮ストレスも増大することが考えられます。

 

 以上のように、共同筋のなかでも、主動作筋に機能障害が起きたとき、様々な筋が代償的に活動することで、股関節へのストレスが増大する可能性があります。

 

(4)インナーマッスルによる股関節の安定化

 股関節におけるインナーマッスルには、腸腰筋や小殿筋、短外旋筋群などが挙げられます。

 

 股関節のインナーマッスルは、その筋の走行が大腿骨頚部軸と一致するケースが多く、股関節を求心位に保つために重要な働きをすると考えられています。

 

 これらの筋の機能に関しては以前の記事に詳しく書かせていただいておりますので、併せて読んでみてください。

 

股関節深層筋:内閉鎖筋

股関節深層筋:外閉鎖筋

股関節深層筋:小殿筋

 

【まとめ】

・股関節は構造的に比較的安定しているが、他の滑膜関節と同様に副運動が起こる。

・前方方向へは構造的に不利なため、腸骨大腿靭帯や関節唇損傷は、股関節の安定性を大きく低下させる。

・静的安定機構(靭帯・関節包・関節唇)の障害に対して、筋は動的に股関節を安定化させる重要な機能を持つ。

・股関節安定性を高めるために、筋の共同筋‐拮抗筋間のインバランス、共同筋内のインバランスの改善と、インナーマッスルの機能向上が重要であると考えられる。

 

<参考文献>

(1)Beatrice Shu, Marc R. Safran. Hip instability: Anatomic and clinical considerations of traumatic and atraumatic instability. Clin Sports Med. 2011; 30: 359-367.

(2)K. Akiyama, T. Sakai et al. Evaluation of translation in the normal and dysplastic hip using three dimensional magnetic resonance imaging and voxel based registration. Osteoarthritis and Cartilage. 2011; 19: 700-710.

(3)Marc R. Safran, Nicola Lopomo et al. In vitro analysis of peri-articular soft tissues passive constraining effect on hip kinematics and joint stability. Knee Surg Sports Traum Arthr. 2013; 21(6): 1655-1663.

(4)Peter V. Loubert, J. Tim Zipple et al. In vivo ultrasound measurement of posterior-anterior glide during hip joint mobilization in healthy college students. J Orthrop Sports Phys Ther. 2013: 43(8); 534-541.

(5)Linn Harding, Mary Barbe et al: Posterior-anterior glide of femoral head in the acetabulum: A cadaver study. J Orthrop Sports Phys Ther. 2003; 33(3): 118-125.

(6)Cara L. Lewis, Shirley A. Sahrrmann et al. Anterior Hip Joint Force Increases with Hip Extension, Decreased Gluteal Force, or Decreased Iliopsoas Force. J Biomech. 2007; 40 (16):3725-3731.