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腰痛の隠れた原因-殿皮神経障害-

 

しぶりの投稿になります。今回は腰痛の原因として、近年注目されている殿皮神経障害についてまとめていきたいと思います。

 

<アウトライン>

 

殿皮神経障害とは

 

 

 殿皮神経障害は、上殿皮神経(Superior Cluneal Nerve;SCN)と中殿皮神経(Middle Cluneal Nerve;MCN)の絞扼性神経障害を指します。

 

 このふたつの神経は解剖学的に絞扼されやすい状態にあります。一方、同じ殿皮神経に分類される下殿皮神経(Inferior Cluneal Nerve)の障害はまれだとされています。

 

 殿皮神経障害は、MRIなどの画像所見から発見することが出来ません。また、椎間板症、椎間板ヘルニア、椎間孔狭窄や変性辷りといった、一般的な腰椎疾患と比較して認知度も低いため、過小診断されることが非常に多い疾患です。

 

 さらに診断を困難にしている原因は、この殿皮神経障害の症状が、一般的な腰椎疾患の症状と似ていることが挙げられます。

 

 今回の記事では、殿皮神経の解剖から症状・診断法に関する知見を紹介していきます。今後の腰痛患者さんへの対応時に少しでも役立てれば幸いです。

 

殿皮神経の解剖

 

 ここでは、SCNとMCNの解剖を詳しくみていきます。

 

(1)上殿皮神経(SCN)

 

 SCNは胸髄 T11~腰髄 L5の後根神経の皮枝から始まります。腰背部を下外側へ走行し、腸骨稜の後内側部で胸腰筋膜を貫通(osteofibrous tunnel)し、殿部へ至ります。

 

 SCNは平均4~6本あると報告されています。その中でも特に内側枝(体幹正中から3~4cm内側)がosteofibrous tunnelで絞扼されやすいとされています(文献1)。この部位は、L3~5から発生し、腸骨稜に比較的密に筋膜が付着している部位とされています。

 

 一方、中間枝や外側枝(体幹正中から7cm以上離れる)は、腸骨稜よりも上方の筋膜を貫通するため、内側枝よりも絞扼を受けにくいとされています。

 

 ただし、osteofibrous tunnelを通過する線維は、内側線維が39%、中間線維が28%、外側線維が13%と、すべての分枝が通過する可能性があることも報告されています(文献2)。

 

 したがって、後述するように、どの部位に圧痛点があるか(正中からどれだけ離れているか)確認することが大切です。

 

(2)中殿皮神経(MCN)

 

 MCNはS1~S4から発生し、椎間孔へ出た後、分枝・吻合しながら殿部皮下組織へ走行していきます。

 

 この走行経路の途中で、約84%の枝は後長仙腸靭帯(Long Posterior Sacroiliac Ligament;LPSL)の背側を通過しますが、残りの16%はLPSLを貫通することが報告されています(文献3)。

 

 この、LPSLを貫通する部位が絞扼性障害を引き起こしやすい部位であると考えられています。

 

 

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 SCNの絞扼による腰痛患者は14%にも及ぶ可能性があるとも報告されています。また、日本において、両側性障害となっている可能性は、20%~30%との報告があります(文献4)。

 

 性差は女性が55~63%とやや高いとされています。これは、男性よりも骨盤が広いことや、出産による影響などが考えられますが、具体的な理由は明らかになっていません。

 

 罹患患者の平均年齢は55~68歳と中高年者に多く、若年例の場合は兵士やアスリートである場合が報告されています。

 

 MCNの絞扼については、詳細な報告がありませんが、おおむねSCNと同様であると考えられています。

 

床症状と診断

 

 殿皮神経障害による疼痛は、背臥位などでの直接的な圧迫以外では、筋膜・靭帯による絞扼や滑走時の摩擦が原因として考えられます。

 

 例えば、前屈時に疼痛が誘発される場合・・・

 

  • 頸椎を屈曲:胸腰筋膜が緊張し疼痛増悪
  • 反対側への回旋:増悪
  • 長時間の座位やしゃがみ作業:増悪
  • 障害側股関節を伸展(後ろに引いて)前屈:軽減

 

 といったように、障害されている神経にかかるストレスを考慮することで、原因を追究していくことが可能です。

 

 上殿皮神経障害による症状は、特に腰椎の伸展、屈曲、回旋や長時間の立位・歩行などさまざまな場面で誘発されます。

 

 47~84%で下肢痛が認められるなど、一見すると、腰部脊柱管狭窄症のような腰椎疾患に起因する神経根障害(radiculopathy)のような症状(下肢痛・しびれ・間欠性跛行)を呈することがあります。

 

 しかし、腰部脊柱管狭窄症による間欠性跛行と異なる点は、歩行開始時から疼痛を訴えることがある点です。

 大殿筋歩行のように、殿筋群にかかる負荷量を下げるような歩容が観察されることが多く、無理に修正し殿筋群の活動が高まることで疼痛が増悪する可能性があります。

 

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 一方、中殿皮神経の場合は、短時間の立位でも誘発され、また、腰椎の屈曲や回旋、長時間の座位や歩行でも誘発されます。82%の患者で下肢痛が出現することも報告されています(文献4)

 

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(1)外科的治療

 

 殿皮神経障害に対する治療法としては、絞扼部位へのブロック注射や絞扼部位をリリースする手術療法が挙げられます。

 

 ブロック注射等の保存療法に治療抵抗性を示す場合は、外科的手術が検討されます。

 

(2)理学療法による保存療法

 

 基本的な考え方としては、神経障害性疼痛に対する治療として考えます。

  • カニカルインターフェース(絞扼している組織)への介入
  • 神経自体への介入
  • 運動療法
  • 生活指導

 などが挙げられます。

 

 SCNについては、胸腰筋膜および殿筋膜の滑走性の低下や過緊張の改善が必要となります。このようなメカニカルインターフェースへの介入を行ったのちに、殿皮神経自体の滑走を改善させていきます。

 

 末梢神経感作が強く疑われる場合は、当該分節へのLateral Glideも効果がある可能性があります。

 

 症状が緩和してきた後は、胸腰筋膜の過緊張を抑制するような動作を獲得できるように指導していく必要があります。

 

 また、理学療法士による直接的な介入だけでなく、絞扼を強めないような姿勢や動作を日常生活で行ってもらうような指導も必要になると考えられます。

 

 

<文献>

(1)Kuniya H, Aota Y, et al. Prospective study of superior cluneal nerve disorder as a potential cause of low back pain and leg symptoms. J Orthop Surg Res. 2016; 9: 139.

(2)Kuniya H, Aota Y et al. Anatomical study of superior cluneal nerve entrapment, J Neurosurg Spine. 2013; 19: 76-80.

(3)Konno T, Aota Y et al. Anatomical study of middle cluneal nerve entrapment. J Pain Res. 2017; 10: 1431-1435.

(4)Toyohiko I, Kyongsong K et al. Superior and middle cluneal nerve entrapment as a cause of low back pain. Neurospine. 2018; 15 (1): 25-32.