運動がもたらす鎮痛効果〜Exercise induced hypoalgesia(EIH)〜
運動療法は理学療法士が臨床で行う頻度が多い介入の1つです。
運動療法とは
身体の全体または一部を動かすことで症状の軽減や機能の回復を目指す療法(Wikipedia「運動療法」より引用)
であり、臨床上ではROM exや筋力トレーニングから歩行練習、有酸素運動まで幅広い運動を治療として行っています。
運動療法を行う目的は様々ですが一般的には
- 筋力や筋持久力の向上
- 柔軟性の改善
- バランス能力や歩行能力の向上
- 全身持久力の向上
などが多いのではないでしょうか。
そして、運動器疾患においては、これらの機能改善を図ることで疼痛の軽減を目指します。しかし、Steigerら(2012)は慢性化した非特異的腰痛患者においては、機能改善が疼痛改善に直接的に反映されなかったことを報告しています。
実際の臨床現場においても、慢性疼痛患者さんでは、可動域の改善や筋力の改善と痛みの改善がイコールではない方を多く経験します。
しかし、運動によって疼痛が軽減することもまた事実です。2010年以降、運動をすること自体が鎮痛効果を生み出すメカニズムが明らかにされてきました。これはExercise-Induced Hypoalgesia(EIH)と呼ばれ、慢性疼痛に対する運動療法の有用性を説明する根拠となってきています。
今回の記事では、このEIHのメカニズムを中心にまとめていこうと思います。
<アウトライン>
EIHのメカニズム
EIHとは
EIHとは端的に言えば、「運動中または運動後に疼痛が減少する現象」です。
身近な例はランナーズ・ハイでしょう。
ランニングやマラソンなどで長時間走っていると、苦しくなってきますね。しかし、それを超えると、快感や多幸感・気分高揚などを感じ、苦しさが軽減される現象です。
初期のEIH研究も長時間・高強度の運動を行ったときの鎮痛効果に関する報告が多かったようですが、最近ではそれほど高負荷な運動でなくても効果が認められることが分かってきています。
EIHが引き起こされる理由は、運動によって脳報酬系や下行性疼痛抑制系などの、内因性疼痛修飾系が賦活されるためと考えられています。
EIHのメカニズム
上述したように、EIHが引き起こされるメカニズムは、運動に伴う内因性疼痛修飾系の賦活化と考えられています。
(1)内因性オピオイド
内因性オピオイドは体内に存在するモルヒネ様物質であり、βエンドルフィンなどが運動により増加することが分かっています。
内因性オピオイドの働きは下記のものが考えられています。
- AδおよびC線維の興奮抑制
- 脊髄後角でのシナプス前抑制や後抑制
- 中脳GABA神経の抑制
- 脳報酬系賦活化
- 下行性疼痛抑制系の活性化
しかし、内因性オピオイドの血中濃度の変化と痛みの変化との間に相関が見いだされなかったとする報告もあります。
(2)内因性カンナビノイド
前出の内因性オピオイドではなく、内因性カンナビノイド(大麻に含まれる化学物質の総称)がEIHのメカニズムに関与しているのではないかというのが近年の考えです。
内因性カンナビノイドは
- 抗不安作用
- 末梢・中枢における鎮痛作用
を有しているとされています。
Fussら(2015)は、強制ではなく、遊びで走った後のマウスでは、エンドルフィン(内因性オピオイド)と内因性カンナビノイドの両方の血中濃度が高まり、運動後の疼痛閾値の上昇や不安の軽減といったEIHが認められたことを報告しています。
そして、カンナビノイド受容体遮断薬を使用するとEIHは認められず、オピオイド受容体遮断薬を使用するとEIHが認められたとしています。
このことから、EIHには内因性カンナビノイドがより強く関わっているのではないかと考えられています。
(3)モノアミン
モノアミンは神経伝達物質の総称で、セロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ヒスタミン、ドーパミンなどが含まれています。
ノルアドレナリンやセロトニンは脊髄後角において疼痛を抑制する下行性疼痛抑制系に関与しています。
ドーパミンは、中脳水道周囲灰白質(PAG)で内因性オピオイドの作用を増強させ鎮痛効果を高める可能性があることが示唆されているほか、脳報酬系を賦活させることで、運動と鎮痛効果の関係が結びつき、行動変容を促すことができる可能性があります(若泉、2017)。
(4)その他
その他にも、運動によって脊髄後角におけるミクログリアの活性化が抑制されることが報告されています。
ミクログリアはサイトカインの1つであるBDNF(脳由来神経成長因子)を産出し、神経障害性疼痛を発生・増悪させる可能性があるとされています。
Acute exerciseによるリスク
さて、運動により鎮痛効果が得られるメカニズムまで明らかにされてきていますから、当然慢性疼痛で悩む患者さんに対して運動療法を勧めたくなってきます。
しかし、ここで注意が必要なのです。
慢性疼痛の患者さんでは、中枢性感作や下行性疼痛抑制系の機能低下が起こっていることが分かっており、このような状況にある場合、運動によって疼痛が増悪してしまう可能性があるのです。
とくに、慢性疲労症候群を併発しているような患者さんでは、EIHが起こりにくいとされています。
したがってこのような患者さんに対して、1回きりの急激な運動(acute exercise)を行わせると、さらに運動を回避するような行動をとってしまう恐れがあります。
慢性痛の患者さんにおいては、運動強度に十分配慮しながら、徐々に運動を習慣化していく必要があります。
Regular exerciseのエビデンス
acute exerciseによるリスクはありますが、運動が習慣化(regular exercise)することでEIHが働き、疼痛を軽減させる可能性が多くの研究で報告されています。
✔慢性疼痛モデルマウスに、事前に8週間運動をさせた。普段から運動をしてることで内因性オピオイドを介した疼痛抑制効果が得られる(Slukaら、2013)
✔受傷前のregular exerciseは疼痛過敏や疼痛行動を抑制し、慢性痛を予防できる(Bobinskiら、2011)
✔疼痛発症後にregular exerciseを開始した場合でもEIHは得られる(Bobinskiら、2011)
✔神経障害性疼痛モデルマウスに走動作をさせた。走行距離が長いほど鎮痛効果が高かったことから、運動強度よりも運動量が影響(Kamiら、2015)
✔慢性頸肩痛患者に20分間の自転車運動(50% HRR)。週2回では3週間で、週3回では2週間でtemporal summationが減少(= 中枢感作が減少)(Y. Shiroら、2017)
これらの報告をみると、普段からの運動習慣が重要であることがよく分かります。しかしながら、疼痛が生じた後でも、運動を習慣化できれば疼痛が軽減していく可能性も報告されています。
繰り返しになりますが、運動を習慣化させ、EIHを生じる状態にするということが慢性疼痛に対する治療のキーポイントになりそうです。
<参考文献>
(1)Steiger F, Wirth B, et al.: Is a positive clinical outcome after exercise therapy for chronic non-specific low back pain contigent upon a corresponding improvement in the targwted aspects of performance ? A systematic review. Eur Spine J.2012; 21: 575-598.
(2)Johannes Fuss, Jorg Steinle, et al.: A runner's high depends on cannabinoid receptors in mice. PNAS, 2015; 112 (42): 13105-13108.
(3)若泉謙太:慢性疼痛の運動療法における脳内報酬ドパミン系ネットワークの重要性.日本運動器疼痛学会誌,2017;6:286-294.
(4)Mira Meeus, Jo Nijis, et al.: Moving on to movement in patients with chronic joint pain. IASP, 2016; 24 (1) : 1-8.
(5)Sluka K. A, O'Donnel J. M, et al: Regular physical activity prevents development of chronic pain and activation of central neurons. J Appl Physiol, 2013; 15: 725-733.
(6)Bobinski F, Martins D. F, et al.: Neuroprotective and neuroregenerative effects of low intensity aerobic exercise on sciatic nerve crush injury in mice. Neuroscience, 2011; 27: 337-348.
(7)Kami k、Taguchi S, et al.: Mechanisms and effects of forced and voluntary exercise on exercise-induced hypoalgesia in neuropathic pain model mice. Pain Res, 2015; 30: 216-229.
(8)城由紀子、松原貴子:運動療法による疼痛修飾機能への影響.Pain Res,2017;32:246-251.