痛みのきそ~痛みの定義と多面性~
整形外科理学療法において、痛みはもっとも問題として挙がることが多い症状ではないでしょうか?
人の痛みについては、まだまだ解明されていないこともありますが、分かってきていることも多くあります。
この、「分かっていること」をきちんと押さえておくことが、臨床では大切なことだと感じています。
痛みは非常にデリケートな側面もあり、治療者の理解不足が患者さんの不利益を生む可能性がとても多い症状です。
痛みについては、今後数回にわたって取り上げていこうと思っています。
今回はまず、痛みの定義とそこから導き出される、痛みの多面性についてまとめていこうと思います。
<アウトライン>
痛みの定義
さて、まずは大前提となる痛みの定義を見ていきましょう。
国際疼痛学会(International Association of the Study of Pain; IASP)では、痛みを
An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage. (IASP,1986)
痛みは、実際に何らかの組織損傷が起こったとき、あるいは組織損傷が起こりそうなとき、あるいはそのような損傷を表す言葉で表現されるような、不快な感覚体験および情動体験
と定義しています。
この定義から痛みは、
- 主観的なもの
- 知覚という感覚的側面だけでなく、認知・情動といった多面性
- 組織損傷の有無に関わらず生じる
といった性質があるといえます。
さらに、野本(2017)は、
原因があろうがなかろうが、患者さんが「痛い」といえばそれが痛みである。
としています。
これは分かりやすいですね。「痛い」と言えば「痛い」。
医療者は、まずは患者さんの痛みを「間違いなくあるもの」と受け止めた上で、その原因を探っていく必要があります。
痛みの多面性
さて、前出したIASPの定義から、痛みには多面性があることが分かりました。
ここでは、その多面性について詳しく見ていこうと思います。
(1)感覚‐識別
まず1つ目は、侵害刺激によってもたらされる痛みの強さや、どこに痛みが生じているかといった感覚的側面です。
普段の臨床では、2点識別覚やボディチャートによって部位を評価したり、VASやNRSを用いて強さを評価します。
感覚‐識別といった側面は客観的に評価することが可能、なように思えますが、後述する情動や認知的な側面に影響を受けている可能性があることを理解しておく必要があります。
痛みは主観的な感覚であるため、完全に客観的に評価することは難しいと考えられています。
しかし、この感覚‐識別の側面を評価することは
- 痛みはある特定の組織からもたらされているものなのか?
- 認知や情動といった、その他の側面からどの程度影響を受けていそうか?
などの仮説を検証していく上で、また、効果判定を行う上で大切な基準になります。
(2)意欲‐情動
情動とは、怒り、恐怖、喜び、悲しみなど急速に引き起こされた一次的かつ急激な感情の変化である(文献2)
このような感情の変化により、モチベーション(意欲)が変化することは普段よく経験することです。
痛み刺激は脊髄視床路とよばれる経路を通り脳に伝達されます。そして、この脊髄視床路は主に外側路と内側路に分かれています。
外側路は視床を経由したのち、大脳皮質の体性感覚野に痛覚情報を伝達する経路で、前述した感覚‐識別の側面に関わるものです。
一方、内側路は視床から大脳辺縁系に情報を伝達します。大脳辺縁系には、情動や意欲、記憶といった機能を司る部位が存在します(文献3)。
痛みに、意欲‐情動といった側面存在するのは、こういった理由からも明らかです。
そしてこの痛みによって引き起こされる情動(感覚の変化)が、その人の意欲を変化させてしまうのです。
痛みによって不安や恐怖といった負の情動が引き起こされれば、活動する意欲は低下します。
一方、適度なストレッチによってもたらされる痛みは、正の情動を引き起こし(気持ちいい)、ストレッチや運動を継続する意欲を引き起こす可能性があります。
運動療法を行う上で痛みは避けて通れない部分があります。しかし、痛みによってどのような情動が引き起こされるかによって、患者さんのリハに対する意欲も変化するということは念頭においておく必要があります。
そして、痛みが正の情動を引き起こすか、負の情動を引き起こすかは、次に述べる認知‐評価的側面も関わってきます。
(3)認知‐評価
この側面は、現在感じている痛みについて、
- 過去の経験
- 注意を向けているか
- 予測をしていたか、予測をしているか
といった、認知機能が果たす役割を見たものです。
痛みが来ることを予測していれば、痛みの強さを減らすことが出来るかもしれません。
何かほかのことに集中していると、痛みを感じにくくなることもあります。
一方、過去に痛みによって不快な情動が引き起こされていたり、不利益を受けたりした記憶があると、痛みの感じ方が強くなってしまう可能性があります。
また、視覚情報と体性感覚情報の不一致によっても痛みが生じることが報告されています。
記憶、注意、予測、感覚の統合など、認知‐評価の側面が痛みに与える影響はとても強いと言えます。
以上から、痛みと一口に言っても、上記したようなさまざまな側面から評価していく必要があることが分かりました。
「慢性痛は心理的な問題」・・・
どのような心理的な問題があるのか?情動的側面なのか認知的側面なのか。
「急性期だからしょうがない」・・・
本当に組織損傷だけの問題なのでしょうか?(当然、組織損傷が主たる原因の場合もあります)
臨床でよく聞くフレーズですが、その奥にどのような多面性が隠されているのか?これからの臨床でキチンと考えていきたいところです。
<文献>
(1)野本優二(2017)「痛みについて考える」<http://www.hosp.niigata.niigata.jp/img/.about/torikumi/archives/nomoto_17.5.12.pdf>.2019年4月12日 最終アクセス
(2)監修 千住秀明.機能障害科学入門.神陵文庫,2010.
(3)松原貴子,沖田実,盛岡周.Pain Rehabilitation.三輪書店,2010.