リハの質を上げる取り組み〜MTDLPの導入〜
さて、前回はチーム制のメリット・デメリットを考え、実際に導入してから見えてきたことを紹介しました。
今回は、チーム制を導入したことで明らかになった課題に対応するため、当部門で採用したMTDLP(Manegement Tool for Daily Life Performance:生活行為向上マネジメント)について紹介するとともに、導入までの過程やその効果について伝えていきたいと思います。
<アウトライン>
MTDLPを導入したきっかけ
MTDLPを導入したきっかけは、以下の2つです。
(1)チーム制で見えてきた課題
チーム制を導入することで得られたメリットは多かったのですが、浮き彫りになった課題もあります。
その一つが、「一人で考え抜く力が伸びないこと」です。この考え抜く力には・・・
- 患者さんの問題点や能力を評価し解釈する力
- リハ開始からゴールまでのプロセスを考える力
- 必要な治療・プログラムを評価結果から導き出す力
など、PTとして自立していくために必要不可欠な能力です。
チーム制により、先輩・上司からアドバイスを受けやすい環境になったことは良いことだと思いますが、こういった新たな課題を生み出すことにもなってしまったと言えます。
この課題に対処するために、チームのリーダーとなったスタッフには、プログラムの立案といった核になる仕事を責任をもって遂行してもらうようにしています。
そして、このプログラム立案を支援し、かつ患者さんへより良いリハを提供するために有用だと考えたツールが、MTDLPだったのです。
(2)FIMの限界を知り、その先を見据える
回復期リハビリテーション病棟における最も重要なアウトカムはFIMです。
施設基準として、FIMをもとにした実績指数が導入されてから、FIMの点数を上げ、かつ在院日数をコントロールしていくことが、病棟を運営していくための必須事項となっています。
FIMは周知のとおり、実際に「しているADL」を評価する指標です。しかし、病院という環境でしていても、退院後に本当にするようになるとは言い切れません。
事前の対策として、入退院支援や退院前訪問調査、外出 / 泊を通して、退院後に本当に生活ができるのか検討します。
が、それでもまだ不十分なことの方が多いと感じています。退院後の患者さんからも、家に戻ってからの生活で苦労した話や、思い通りに改善が進まなったという話を聞くことがあります。
特に当部門では、病院でしか働いたことがないセラピストがほとんどであるため・・・
- 生活を見据えた目標設定ができない
- 歩いて階段が昇り降りできればHOPEを達成できると思っている
- HOPE達成に向けた具体的なマネジメントができない
などなど、FIMの先まで見据えてリハを提供することができないスタッフが多かったのです。
そこで、FIMの先を意識づけるために白羽の矢が立ったのが、このMTDLPでした。
MTDLPとは
”生活行為とは、人が生きていく上で営まれる生活全般の行為”(日本作業療法士協会)
MTDLPは、地域包括ケアシステムの中で、一般の方々にも、作業療法士(OT)の仕事・役割を分かりやすく示すために、日本作業療法士協会によって作成されたマネジメントツールです。
したがって、PTの世界ではなかなか聞きなれないものだと思います。
僕自身も、MTDLPについては、OTさんと部門の現状について話し合っている中で知りえたもので、それまでは全く知りませんでした。
ここからは、MTDLPをどのように実践していくのか紹介していきたいと思います。
MTDLPで使用する帳票は・・・
- 生活行為聞き取りシート
- 興味・関心チェックシート
- 生活行為アセスメント演習シート
- 生活行為向上プラン演習シート
- 生活行為向上マネジメントシート
- 生活行為申し送り表
となります(日本作業療法士協会のHPからダウンロード可能です)。
かなり多いですね。このペーパーワークの量が、なかなか臨床現場で活用が進まない理由になっています。
しかし、実際に使用してみると、非常に有用なマネジメントツールであると思います。
それでは、MTDLPの進め方について簡単にまとめていきます。
(1)インテーク(面接)
「生活行為聞き取りシート」を使って、患者さんやそのご家族が望む/目標とする生活行為を、面接にて聴取していきます。
目標を設定するこのインテークは、MTDLPにおいて非常に重要な意味を持ちます。
目標となる生活行為を聴取できたら、今現在の満足度および実行度を0~10段階で評価してもらいます。その上で、その目標が達成可能かどうか述べ、最終的な合意目標をたてます。
もし患者さんが、自身の望む生活行為を思いつかない、うまく表現できないときは、「興味・関心チェックシート」を使います。
この「興味・関心シート」は非常に多くの生活行為を網羅しています。患者さんの生活を見ることが苦手なPTは、このシートの項目を普段の問診で聞くようにするだけで、有用な情報を得ることができると思います。
(2)生活行為アセスメント(評価)
合意目標が形成されたら、「生活行為アセスメント演習シート」を使って、患者さんの生活行為を阻害している要因を国際生活機能分類(ICF)に基づいて分析していきます。
そして、このシートの優れている点は、阻害要因を抽出するだけでなく、現状能力(強み)や予後予測も同時に分析できる点にあります。
入院中などは、問題点にばかり目が行きがちですが、このように広い視点で患者さんの状態を分析できることが大切だと考えます。
また、予後予測をたてる習慣をつけることも大切です。先のことをきちんと見通すことが出来なければ、有用なプランを作成することはできないはずです。
(3)生活行為向上プランの立案
生活行為アセスメントの結果をもとに、「生活行為向上プラン演習シート」を用いて、患者さんが目標とする生活行為を達成するためのプランを作成します。
プランを作成するにあたり、まずは目標となる生活行為の作業工程分析を行います。
・企画・準備力(PLAN)
・実行力(DO)
・検証・完了力(SEE)
PLANとは・・・
どうすれば(いつ・どこで・だれと・どのように)目標とする生活行為を実行できるか、患者さん本人が考え、そして準備を進めていく能力です。
DOとは・・・
目標とする生活行為を実行するための心身機能・活動の能力です。
SEEとは・・・
目標とする生活行為が達成できたかどうか、できなかったのであればどのようにすれば実行できるか、再度企画・準備するための能力です。
このように生活行為を分解し分析する工程です。PTで言えば動作分析などに当たる部分と言えます。
作業を分析する過程はOTさんから学ぶ必要があります。回復期である当部門では協力してもらうことが容易でした。
作業工程分析が終わったら、実際いそれを達成するためのプランを立てていきます。MTDLPではそのプランを・・・
・基礎練習:心身機能・構造レベルへのアプローチ
・基本練習:主に基本的ADLに当たる動作へのアプローチ
・応用練習:病院や施設で実際に行う練習
・社会適応練習:実際の環境で行う練習
という4つのカテゴリーに分けて立案していきます。
(4)介入~効果判定
ここまで来たら、アセスメントとプランを併せた「生活行為向上マネジメントシート」を作成し、実際に介入を行っていきます。
介入結果に対する交換判定や再評価の手順は、通常の理学療法で行われるものとそう変わりはありません。
(6)申し送り
目標を達成した場合や、次の医療機関・施設に申し送りを行うときに、「生活行為申し送り表」を作成します。
当部門では、回復期リハビリテーション病棟退棟後に外来部門へ移行することがほとんどであるため、その際の申し送りとして使用することとしています。
今までは、機能面に重点をおいた申し送りでしたが、もっと「その人」が分かる生活に即した申し送りが可能となりました。
導入手順
繰り返しになりますが、MTDLPを導入する上で最も厄介なことは、ペーパーワークの量です。
既述したように、目標設定からアセスメント、プランと進めていく過程のそれぞれで、使用する用紙が異なります。
そこで当部門では、MTDLPの実践手順に準じて、段階的に導入していくことにしました。
(1)Step 1:目標設定
この段階では、<生活行為聞き取りシート>、<興味・関心チェックシート>のみを使用し、まずは患者さんのHOPEをしっかりと捉え、その上で合意目標を立てることだけに集中します(インテーク)。
今まで、HOPEを聞くことだけで終わっていたこともあったため、「実行度」「満足度」「達成の可能性」など、目標設定の段階から密な話し合いをする時間が少なかったように思います。
合意目標を立てていく過程で、早期の段階で信頼関係の構築や患者さんの積極的なリハへの参加を促すことができるようになったと感じています。
(2)Step 2:アセスメント作成
合意目標をもとに、「生活行為アセスメント演習シート」までを作成するStepです。
この部分が導入時に最も時間を要した部分でした。HOPEを聞くところまではいいですが、実際その生活行為をどのように評価すればよいか分からないという意見も多く、普段の臨床が機能や基本動作レベルに偏っていたことを示唆しています。
「PTは動作の専門家である」という意見もあり、それも正しいと思っています。しかし、現場レベルで実際の患者さんが求める者は、動作を獲得したその先にあるということを忘れてはいけない。
そういうことを気づかせてくれるStepでした。
(3)Step 3:プラン作成
アセスメントシートをもとに、生活行為動作の工程分析およびプラン立案のStepとなります。作業工程分析については、OTさんと共同しながら行いました。
(4)Step 4:完全導入
完全導入までに、だいたい3か月程度要しました。時間はかかりましたが、一度に導入するよりも一つ一つの工程に慣れながら導入することができたので、途中で挫折することがなかったように思います。
(5)MTDLPカンファレンス
さて、ここまでで、一通りの導入過程を紹介させてもらいました。
MTDLPを導入したことにより、FIMの先を意識したマネジメントが少しづつできるようになってきたと感じています。
そして、ここでもう1つの導入のきっかけとなった、「チーム制によって、考え抜く力が伸びない」に対する対策も紹介します。
それが、MTDLPカンファレンスです。
このカンファレンスは、作成したプランを提示し、他のスタッフから意見をもらう場としました。
カンファレンスは、患者さんを担当するチームメンバーとは異なるスタッフで構成した班で行うことを条件としています。
チームのリーダーが参加し、自身が中心となって作成したプランを紹介していきます。その後、意見を交換し合っていくわけですが、、、
ここではいつも一緒に考えていたチームのメンバーがいません(いたとしても助言はしないことにしています)。したがって、質問に対してリーダー一人で考え、答えを出していかなければならないのです。
このカンファレンスは、情報共有だけでなく、考える力を養っていくことも狙いです。取り組みの結果がどう出るか、ゆっくりと見ていきたいと思っています。
<引用・参考>
・一般社団法人 日本作業療法士協会 MTDLPシートのダウンロード(最終閲覧日:2019年4月4日)
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