リハきそ

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脳報酬系と動機づけのメカニズム

ハビリテーションを進めていく上で、患者さんのやる気を向上させ、維持していくことは非常に大切なポイントになります。

それはまた、後輩や新人を指導し、成長させて上でも必要になってきます。

 

今回は、やる気や意思決定などに関わる脳報酬系についてまとめていきたいと思います。

 

<アウトライン>

 

 

報酬系に関わる脳領域

 

脳報酬系は、中脳の腹側被蓋野(VTA)に存在するドパミン細胞から、線条体の側坐核(NAc)前頭葉へ投射する経路です。

 

 VTAのドパミン細胞から放出されるドパミンがNAcに作用することで、快情動や意欲、学習の強化に影響を与え、自主的な行動選択や意思決定といった、リハビリテーションを行う上で重要な要素に影響を与えます。

 

 このように、脳報酬系はドパミン細胞から放出されるドパミンが重要なファクターとなっているため、ドパミンシステムとも呼ばれます。

 

まずは、脳報酬系に関わる脳領域とその機能を見ていきましょう。

 

(1)前頭葉

 前頭葉は主に、1次運動野補足運動野運動前野といった運動の表出に関わる部位と、認知・情動のコントロールを行う前頭前野(PFC)に分けられます。主に、運動や行動に関連した情報を表現し、行動の制御に関わることが知られています。

 

 補足運動野と運動前野は、合わせて運動連合野と呼ばれ、運動のプログラム形成を行っています。そして1次運動野は、運動の出力を行う部位です。

 

 PFCはさらに、背外側部腹内側部眼窩部の3領域に分けられます。

 

 背外側部は注意機能やワーキングメモリといった認知面の機能を有しています。一方、腹内側部と眼窩部は情動のコントロールを担っています。

 

 背外側部と腹内側部・眼窩部の活動は互いに拮抗しており、どちらか一方が活動すると、もう一方の活動が抑制されることが分かっています。

 

 例えば、「痛み」に注意が向くほど(背外側部の活性化)、情動のコントロールが難しくなる(腹内側部・眼窩部の抑制)といった具合です。

 

 この例は、臨床上でも経験する部分ではないしょうか?

 

(2)側坐核

 NAcは、大脳基底核の1つである線条体の前方部分に存在しています。NAcは主観的な価値(与えられる報酬の価値など)を表現する部位で、脳報酬系において中心的な役割を果たします。

 

(3)中脳腹側被蓋野

 VTAは、欲求を満たすための行動の動機づけに関しており、脳報酬系を形成するドパミン細胞が多く存在しています。このドパミン細胞は、期待していた結果と実際の結果の誤差に合わせて活動量が変化するとされています。

 

 この期待していた結果(報酬)と、実際に得られた結果の誤差は、予測誤差と呼ばれます。

 

 期待以上の結果が得られれば、つまり、予測誤差が正の方向に大きい場合、ドパミン細胞は活性化し、その軸索終末から多くのドパミンが放出されます。

 一方、期待よりも報酬が少なければ、つまり、予測誤差が負の方向に大きい場合、ドパミン細胞の興奮は抑制され、軸索終末からシナプスへのドパミンの放出量も少なくなります。

 

報酬系の仕組み

 

 それでは、上述してきた脳領域がそれぞれどのような繋がりを持ち、脳報酬系を形成しているのか見ていきたいと思います。

 

 まず、得られた報酬と期待していた報酬から算出された予測誤差信号が、VTAのドパミン細胞から放出されるドパミンの量としてNAcに伝わります。

 

 このとき同時に、前頭葉から、報酬をもたらした運動・行動に関する情報がNAcに伝わることになります。

 

 どのような運動・行動を/どのような条件下で/いつ起こしたかという、運動・行動に関わる情報と、それによってもたらされる報酬の情報がNAcで関連付けられ、その行動の価値が規定されることになります。

 

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(1)期待以上に良い報酬が得られた場合

 

 ある行動Aを起こしたとき、得られた報酬が期待よりも大きいと、VTAのドパミン細胞は活性化し、放出されるドパミンの量は増大します。

 すると、この行動Aに対する価値が高まり、NAcは行動Aに関する情報を受け取り易くなります。

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(2)期待よりも報酬が少なかった場合

 逆の場合も見てみましょう。

 

 今度は、ある行動Bを実行したときに、得られた報酬が予測していた報酬よりも少なかったとします。

 すると、VTAのドパミン細胞は抑制され、軸索終末からシナプスへ放出されるドパミンの量が少なくなります。このため、NAcは「行動Bを行っても大した報酬はない」と価値付け、前頭葉から行動Bに関する情報を受け取りにくくなります。

 

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(3)脳報酬系における学習の強化

 脳報酬系とは別に、PFC→NAc→視床→PFCという、大脳皮質-基底核のループ辺縁系ループ)が存在しています。このループは、認知情報の評価や、情動・感情の表出、意欲などに関わる高次脳機能を司っています。

 

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 また、これとは別に、PFCと線条体の尾状核被殻を結ぶ前頭前野系ループと呼ばれる、大脳皮質-基底核のループも存在しています。このループは、認知情報やPFC背外側部のワーキングメモリ機能を活用し、意思決定や行動計画といった高次脳機能を司っています。

 

 脳報酬系で作られた価値・報酬などの情報が、この2つのループに影響を与えることで、ある行動に対する意欲や意思決定が変化します。

 

 つまり、良いとみなされた行動(先述した行動A)は、より頻回に引き起こされるようになり、一方、価値の低い行動(先述した行動B)は抑制され、起こらないようになるのです。

 

機づけと脳報酬系

 

 ここまで、脳報酬系の神経生理学的な仕組みについて述べてきました。

 

 ここからは、実際のやる気や動機づけについてみていきたいと思います。

 

(1)認知的不協和

 ある行動の結果得られた報酬の情報は、予測誤差としてVTAからNAcに伝達されることを説明してきました。

 予測誤差は実際に得られた報酬と期待していた報酬の差から算出されます。そして、実際にはVTAのドパミン細胞軸索終末からNAcへ放出されるドパミンの量として表されます。

 

 この受け取ったドパミンの量に応じてNAcの活動量が変化することになり、活動量が大きいほど、その行動の価値が高いと判断されます。

 

 ここで、同等の価値付けがなされた2つ以上のものの中から、一つの選択するように迫られたとします。

 

 つまり、ひとつを選ぶ代わりに、その他のものを諦めなければならないという状況です。このようなときに生じる不快感は認知的不協和とよばれます。

 

 下記の図を通して具体的に見ていきましょう。

 

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 どちらも同じだけ好きなケーキのうち、一つだけしか選べない状況を作ります。

 

 すると、何となくいやな気持ちになりますよね。

 

 この2者択一の状況で生じる不快感が認知的不協和です。

 

 そしてこのときNAcでは、選ばなかったケーキに対する価値(好きな度合い)を下げるように調整し、認知的不協和の解決を図ることが分かっています。

 

 非常に良くできた仕組みと言えますが、何かを選んでもらうという状況になったときには、選ばれなかった行動に対する価値付けが、それ以降低下してしまうというリスクがあることを念頭に置いておく必要がありそうです。

 

(2)動機づけとアンダーマイニング効果

 動機付けとは“目標指向的活動が開始、維持される過程(Pintrichら、2002)”と定義されています。

 

 何かの行動を起こす、そのような方向づけを推進する、そしてそれを継続するといった過程の総称です。

 

 動機づけは、大きく内発的動機づけ外発的動機づけに分けられます

 

 内発的動機づけは、動機づけられる行動と目標が不可分であり、外的報酬を伴わない動機づけとされます。「単純に好きだからやっている」、「自分が成長するために頑張る」といったものです。

 

 一方、外発的動機づけは、動機づけられる行動と切り離すことができる、外的報酬の獲得を目標とした動機づけとされます。「お小遣いをもらうために勉強を頑張る」、「主治医に褒められるためにリハビリを頑張る」などです。

 

 この2つの動機づけの関係性において重要なポイントが、アンダーマイニング効果です。

 

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 もともと内発的に動機づけられていた行動に対して、金銭などによる外発的動機づけを行うと、内発的な動機づけが低下してしまうという現象です。

 

 内発的に動機づけられていた課題(課題の成功=報酬)に対して、一方の群には成功に伴う金銭付与(外的報酬)をせず(統制群)、もう一方の群には金銭を与える(報酬群)という実験を行いました(Murayamaら、2010)。

 

 この実験は2つのセッションに分かれており、第1セッションでは、上記の条件に従って2つの群に課題を実行してもらいました。

 

 その結果、両群とも課題の成功によってNAcの活動量は高まりましたが、報酬群の方が有意に高い活動量を示しました。

 

 続く第2セッションでは、報酬群に対して、「このセッションでは成功しても金銭はあげません」と事前に告げた上で、第1セッションと同じ課題を行ってもらいました。

 

 すると、統制群では、課題の成功により、第1セッションと同様の活動をNAcが示したのに対し、報酬群では活動量が低下していました。

 

 そして、第2セッションでのNAcの活動量は、統制群が有意に高くなるという結果となりました。

 

 このように、内発的に動機づけられていた課題であっても、一度外発的に動機付けられることで、もともとの内発的動機づけ自体が減少してしまう、アンダーマイニング効果が実験的に証明されました。

 

 そして、このとき、活動量が低下するのはNAcだけではなく、PFCの背外側部の活動も併せて低下することが分かりました。

 

 従って、アンダーマイニング効果によって、内発的動機づけの量が低下するだけでなく、その行動自体が抑制されてしまうのです。

 

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(3)内発的動機づけに関わる因子

 最後に、内発的動機づけを高めるために大切な因子について紹介していきます。

 

 内発的動機づけには

・自己効力感

・自己決定感

 

 が大切であるとされています。自己効力感はイメージがつきやすいと思いますが、自己決定感はどうでしょうか?

 

 ある行動を起こすかどうか、その判断を自分で行った場合、①課題に対する成功率が向上する、②脳の帯状回前部前頭前野内側部島皮質前部(すべて情動に関わる部位)が活動、③NAcも同様に活動するということが分かっています。

 

 自己決定した課題について、課題が成功した場合はNAcおよびPFCの腹内側部がともに高い活動を示します。

 

 一方、課題に失敗した場合は、NAcの活動量は下がってしまいます。しかし、PFC腹内側部の活動は高い状態を維持していることが分かっています(Murayamaら、2013)。

 

 このことから、NAcは報酬(成功)に対して、純粋な価値を表現することが分かります。しかし、PFCでは、失敗に対しても積極的に価値付けを行うことで、次の行動に失敗を活かそうとしているといえます

 

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 つまり、自己決定した行動・課題については、例え失敗したとしても、そこから学び次の行動に繋げていくことができるのです。

 

 トライ&エラーを繰り返すことで、課題への成功率を高め、さらに内発的動機づけを強くしていくことができるのです。

 

 

 

さて、今回は、脳報酬系とやる気(動機づけ)についてまとめていきました。次回は、この脳報酬系と鎮痛のメカニズムについて紹介していきたいと思います。

 

<参考文献>

(1)Murayama K, Matsumoto M, et al. Neural basis of the undermining effect of monetary reward on intrinsic motivation. Proc. Natl. Acad. Sci. USA; 107: 20911-20916.

(2)Murayama K, Matsumoto M, et al. How self-determined choice facilitates performance: A key role of the ventromedial prefrontal cortex. Cortex: 2013.

(3)若泉謙太.慢性痛の運動療法における脳内報酬ドパミン系ネットワークの重要性. 日本運動器疼痛学会誌. 2017; 9: 286-294.