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「動かさない」が痛みを引き起こす~immobilization induced pain~

折のように身体組織に何らかの損傷が起きたとき、組織の修復を図るために「安静」「固定(不動)」が必要になることがあります。

 

代表的な例は、骨折や手術後のギプス固定ですね。

 

組織治癒を得るためのこの処置により、関節可動域制限や筋力低下といった、廃用に起因する機能障害が惹起されることは周知の事実です。

 

加えて、安静や固定という不活動の状態は、それそのものが原因となって、痛みを発生させることが分かってきています。

 

これは、Immobilization induced pain(不活動性疼痛)と呼ばれています。

 

不活動性疼痛は、急性痛を慢性化させる恐れがあり、不動にともなう機能障害と相まって、その後のADLやQOLに大きな影響を与えます。

 

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今回は、この不活動性疼痛が引き起こされるメカニズムについて説明していきたいと思います。

 

<アウトライン>

 

活動性疼痛に関する知見

 

Allenら(1999)の報告では、CRPSを発症した患者の47%が、そのきっかけとなった外傷の後にギプス固定やスプリント固定といった、医学的な固定処置がなされていたそうです。

 

また、Tellezら(2018)の行った観察研究では、固定処置を行った橈骨遠位端骨折もしくは舟状骨骨折患者の37%で、固定していない肩関節に痛みが生じたと報告しています。

そして痛みの強さは、固定していた期間と比例して強くなっていました。さらに、肩関節痛が発生した患者の約67%が、肩関節に対するリハビリテーションを追加されたとしています。

 

このように、不活動性疼痛はギプス固定などが施された部位にとどまらないようです。

これは、ギプス固定自体が疼痛の原因なのではなく、不動・不活動そのものが疼痛の原因になるということを示唆しています

 

これを裏付けるように、Butler(2001)は腰痛発生から4日以上安静にすることで、その後1年以上も痛みが残存すると述べています。

 

梢組織におけるメカニズム

末梢組織では、

  • 角質層の乱れ
  • 表皮が薄くなる
  • 真皮に分布する一次侵害受容ニューロンの分布密度増大

といった変化が起こります。

 

不活動によって起こされる変化の1つに、感覚刺激の減少が挙げられます。

これにより、外界からの刺激を少しでも受けられるように組織が変容していくのだと考えられます。

 

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このような構造的な変化に加えて、表皮を構成する細胞であるケラチノサイトでは、神経成長因子(NGF:内因性発痛物質の1つ)TRPV1、P2X3(*)といった侵害受容体の発現も認められます。

 

*TRPV1:熱刺激の受容体。通常は43℃以上の熱で活性化されるが、炎症下においては30℃程度の熱でも活性化される。

*P2X3:ATPが結合する受容体

 

NGFは、末梢神経系では感覚神経や交感神経の伸長を促進したり、神経伝達物質の生成を促進したりします。

この物質により、一次侵害受容ニューロンの側枝発芽(sprouting)が起こり、分布密度が増加していきます。

 

経系の可塑的変化

上述したように、身体の一部が不動にさらされることで、その部位からの感覚入力は大きく減少します。

 

通常、身体における感覚入力は皮膚だけではなく、筋や関節などからも発生しています。これらすべての感覚入力が減少することで、神経系に変化がもたらされ、疼痛が発生するようになると考えられています。

 

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(1)自発放電

感覚入力が減少すると、一次侵害受容ニューロンであるAδ線維C線維、触覚の一次求心性ニューロンであるAβ線維などで、自発放電が認められるようになります。

 

自発放電はその名の通り、外界や筋収縮・関節運動といった刺激がないにも関わらず、神経自体が勝手に異常興奮してしまう状態です。

 

(2)CGRPの発現

カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)は神経伝達物質や神経調節因子として、脊髄後角での痛みの伝達に関与している物質です。

 

不活動性疼痛では、このCGRPが後根神経節(DRG:脊髄後根にある神経細胞の集合体)や、脊髄後角で増加することが分かっています。

 

脊髄はRexedの分類と呼ばれる分類方法によりⅠ~Ⅹ層まで分けられており、Ⅰ~Ⅵ層が脊髄後角にあたります。

 

CGRPはこのすべての層で発現するため、不活動性疼痛は、痛みの感覚-識別的側面だけではなく、認知-評価的側面や意欲-情動的な側面にまで影響を与える可能性があります。

 

(3)WDRニューロンの増加

脊髄後角ではCGRPの発現だけでなく、二次侵害受容ニューロンの1つである、広作動域ニューロン(WDRニューロン)も増加させることが分かっています。

 

WDRニューロンは非侵害刺激から侵害刺激まで、さまざまな刺激に対して反応するニューロンで、刺激の強さに応じて興奮の程度が変化します。

 

一次侵害受容ニューロンの自発放電や、DRG・脊髄後角でのCGRPの増加といった変化により、WDRニューロンの興奮性は高くなりやすい状態になっています。

 

したがって、わずかな刺激でも疼痛が増幅されるという中枢感作を引き起こしてしまう可能性があるのです。

 

(4)脳の可塑的変化

不活動により、一次体性感覚野(S1)における当該部位の体部位再現が狭小化することや、一次運動野(M1)・S1の皮質が薄くなることが報告されています。

 

振動刺激による運動錯覚の記事で取り上げた、今井ら(2015)の報告では、患肢を固定された橈骨遠位端骨折患者に、運動錯覚を惹起させることで、術後早期の疼痛や可動域制限を改善していました。

 

運動錯覚は、S1やM1だけでなく、さまざまな脳の領域で活動を引き起こすことが分かっています。

www.rehakiso-gene.com

 

不活動によって

  • 脳に可塑的変化が起こる
  • それを予防するような介入をおこなうことで疼痛が減少する

これらの点から、不活動性疼痛に脳の可塑的変化が関与していることは間違いないといえるのではないでしょうか。

 

 

さて、ここまで見てきたように、不活動性疼痛は様々なメカニズムによって惹起されていることが分かりました。

今後は、不活動性疼痛に対するアプローチについての知見を集め、記事をアップデートしていきたいと思います。

 

【文献】

(1)沖田実、松原貴子:ペインリハビリテーション入門.三輪書店,p29-32,2019.

(2)Allen G, Galer BS et al.: Epidemiology of complex regional pain syndrome: a retrospective chart review of 134 patients. Pain. 1999; 80: 539-544.

(3)Raquel Cantero-Tellez, Santiago Garcia Orza et al. Duration of wrist immobilization is associated with shoulder pain in patients with after wrist immobilization: an observational study. J Exerc Rehabil. 2018; 14 (4): 694-698.

(4)Butler SH: Disue and CRPS. "Complex Regional Pain Syndrome (Progress in Pain Research and Management 22)" Harden RN,et al ed, IASP Press, Seattle, pp141-150, 2001.

(5)今井亮太、大住倫弘 他:橈骨遠位端骨折術後患者に対する腱振動刺激による運動錯覚が急性疼痛に与える効果-手術翌日からの早期介入-.理学療法学.2015;42(1):1-7.