脳報酬系と鎮痛のメカニズム
脳報酬系は、中脳腹側被蓋野(VTA)から、大脳基底核である線条体に存在する側坐核(NAc)、前頭前野に投射される経路です。
期待を超える報酬刺激によって、VTAに存在するドーパミンニューロン(DAニューロン)が興奮し、NAcでのドーパミン放出量が増えます。
これによってやる気や快情動が引き起こされたり、行動に対する価値観が変化したりします。
脳報酬系を中心とした、ドーパミンシステムによる鎮痛のメカニズムには、大きく2つあります。
1つ目は、VTAからのドーパミン放出による、内因性オピオイド活性化と、それによってもたらされる下行性疼痛抑制系の賦活です。
そして、2つ目は脳報酬系の主な構成体である、側坐核や前頭前野によってもたらされる鎮痛効果です。
今回は、この2つの鎮痛メカニズムを中心見ていきたいと思います。
ドーパミン神経細胞の活動
まずは、今回の鎮痛作用の核となる、ドーパミンの放出メカニズムについて説明していきます。
VTAのDAニューロンの活動には、主に2つのパターンがあります。
(1)tonicな活動
VTAに存在するドーパミン細胞(A10)には、報酬刺激などが加わらなくても、自律的にドーパミンを放出する活動が認められます。
これは、VTAとその投射先である領域との間で形成されている、シナプス間隙でのドーパミン量を一定に保つための活動です。
このtonicな活動が亢進しすると、次に説明するphasicな活動が抑制されてしまい、鎮痛メカニズムが働きにくくなるとされています。
この抑制メカニズムには、節前線維(VTAのDAニューロン)の神経終末部のD2 auto-receptorが関与します。
この自己受容体に、tonicな活動で放出されたドーパミンが結合すると、phasicな活動で放出されるドーパミンが抑制されてしまうのです。
また、tonicな活動で放出されるドーパミンの量を一定に保つために、 COMTと呼ばれる酵素が過剰なドーパミンを減らしてくれるのですが、遺伝的な問題でこの機能が低下している方もいます。
そのような場合、慢性的にphasicな活動が起こりにくくなってしまうため、鎮痛作用が働きにくく、慢性痛に発展しやすいと考えられています。
*補足*
ドーパミン神経細胞のtonicな活動には重要な役割があるとされています。それは、覚醒レベルの調整や記憶の定着などです。
(2)phasicな活動
次にPhasicな活動についてです。報酬刺激が加わることで、VTAのDAニューロンは一過性に強く興奮します。
これにより、大量のドーパミンが放出され、NAcの活動が高まります。
ドーパミン神経細胞をコントロールする経路
次に、VTAのDAニューロンの活動をコントロールしている経路について説明していきます。
(1)Tonic活動をコントロール
ドーパミン神経細胞のtonicな活動は、海馬‐VTAループが関与しているのではないかと考えられています。
このことから、前述したような、tonicな活動と記憶に関連性があることが理解できるのではないでしょうか。
(2)Phasicな活動をコントロール
Phasicな活動は、報酬刺激を受けて興奮した、脳幹の背外側被蓋(LDT)と脚橋被蓋核(PPTg)からの、グルタミン酸およびアセチルコリン作動性の入力によって引き起こされます。
また、急性の痛み刺激も、LDTやPPTgを興奮させ、ドーパミン作動性の鎮痛システムを活性化させます。
LDTやPPTgからの入力は、VTAの中のLateral VTA(lat VTA)で受けます。
lat VTAからNAcのLateral Shell(lat shell)に向けてドーパミンが放出されることで、快情動や鎮痛作用が惹起されるのです。
(3)嫌悪刺激による抑制
上述した、LDTやPPTgの興奮によってもたらされるVTA、NAcの興奮は、報酬刺激によってもたらされます。
一方、不快感や抑うつなどの嫌悪刺激は、この報酬系にどのような作用をもたらすのでしょうか?
嫌悪刺激は、外側手綱核(LHb)を興奮させます。そして、VTA内に存在するGABAニューロンを興奮させ、Medial VTA(med VTA)のDAニューロンの活動を抑制してしまいます。
そして同時に、吻内側被蓋核(RMTg)に存在するGABAニューロンを興奮させ、lat VTAのDAニューロンにも抑制かけてしまいます。
鎮痛のメカニズム
さて、いよいよ本題に入っていきます。
序文で述べたように、報酬系によってもたらされる鎮痛作用は大きく2つあります。ここからは、それぞれの鎮痛メカニズムを説明していきたいと思います。
(1)下行性疼痛抑制系
VTAからのDAニューロンは、側坐核(NAc)だけでなく、偏桃体(Amy)・前帯状回(ACC)・内側前頭前野(mPFC)といった領域にも投射します。
さらに、ACCからは視床下部(HT)へも出力があります。
AmyやACC、mPFC、そして、下行性疼痛抑制系の中枢である中脳水道灰白質(PAG)には、オピオイド受容体が存在しており、その発現量や活性化にドーパミンが直接的に相関するとされています。
つまり、報酬刺激や急性痛によって放出されたドーパミンが、オピオイド受容体を活性化することで、下行性疼痛抑制系の機能を高めてくれているのです。
さらに、中脳腹側被蓋野 VTA→前帯状回 ACC→視床下部 HTと興奮が伝わることで、HTで内因性オピオイドである、β‐エンドルフィンが分泌され、下行性疼痛抑制系を駆動させます。
これが、報酬系がもたらす鎮痛作用の1つです。
(2)側坐核と鎮痛
側坐核(NAc)による鎮痛効果は、主にDR2と呼ばれるドーパミン受容体を介して行われると考えられています。
また、NAcと前頭前野(特に内側前頭前野)の繋がりの強さで、急性痛から慢性痛に移行するかどうかを予測することができる可能性も示唆されています。
さらに、抑うつや慢性痛などに曝されると、VTAからNAcへのドーパミンの放出が減少し(前述した、LHb→med VTA→NAcの経路)、さらなる抑うつや慢性痛につながると考えられています。
以上から、脳報酬系の活性化は、下行性疼痛抑制系の賦活することで、疼痛の「感覚的側面」を軽減するだけでなく、「情動・認知的側面」にも深く関与していると考えられます。
痛みに対するリハビリテーションの中では、課題指向型アプローチなどを通して、報酬系の活性化を狙うことも大切になってきます。
ただ運動するだけでなく、それが報酬刺激となるように工夫してみてはいかがでしょうか。
<参考文献>
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Wanigasekera V, Lee M, et al. Baseline reward circuitry activity and trait reward responsiveness predict expression of opioid analgesia in healthy subjects. PNAS, 2012; 109 (43): 17705-17710.
仙場恵美子.生物心理社会モデルに基づく慢性痛の理解:脳報酬系に着目して.日本運動器疼痛学会誌,2016;8:168‐177.
若泉謙太.慢性痛の運動療法における脳内報酬ドパミン系ネットワークの重要性.日本運動器疼痛学会誌,2017;Ⅸ:286‐294.
市ノ瀬敏晴,山方恒宏.ドーパミンニューロンの自発活動と行動制御におけるその役割.比較生理生化学,2017;34(4):108‐115.
脳報酬系と動機づけのメカニズム
リハビリテーションを進めていく上で、患者さんのやる気を向上させ、維持していくことは非常に大切なポイントになります。
それはまた、後輩や新人を指導し、成長させて上でも必要になってきます。
今回は、やる気や意思決定などに関わる脳報酬系についてまとめていきたいと思います。
<アウトライン>
脳報酬系に関わる脳領域
脳報酬系は、中脳の腹側被蓋野(VTA)に存在するドパミン細胞から、線条体の側坐核(NAc)や前頭葉へ投射する経路です。
VTAのドパミン細胞から放出されるドパミンがNAcに作用することで、快情動や意欲、学習の強化に影響を与え、自主的な行動選択や意思決定といった、リハビリテーションを行う上で重要な要素に影響を与えます。
このように、脳報酬系はドパミン細胞から放出されるドパミンが重要なファクターとなっているため、ドパミンシステムとも呼ばれます。
まずは、脳報酬系に関わる脳領域とその機能を見ていきましょう。
(1)前頭葉
前頭葉は主に、1次運動野、補足運動野、運動前野といった運動の表出に関わる部位と、認知・情動のコントロールを行う前頭前野(PFC)に分けられます。主に、運動や行動に関連した情報を表現し、行動の制御に関わることが知られています。
補足運動野と運動前野は、合わせて運動連合野と呼ばれ、運動のプログラム形成を行っています。そして1次運動野は、運動の出力を行う部位です。
PFCはさらに、背外側部、腹内側部、眼窩部の3領域に分けられます。
背外側部は注意機能やワーキングメモリといった認知面の機能を有しています。一方、腹内側部と眼窩部は情動のコントロールを担っています。
背外側部と腹内側部・眼窩部の活動は互いに拮抗しており、どちらか一方が活動すると、もう一方の活動が抑制されることが分かっています。
例えば、「痛み」に注意が向くほど(背外側部の活性化)、情動のコントロールが難しくなる(腹内側部・眼窩部の抑制)といった具合です。
この例は、臨床上でも経験する部分ではないしょうか?
(2)側坐核
NAcは、大脳基底核の1つである線条体の前方部分に存在しています。NAcは主観的な価値(与えられる報酬の価値など)を表現する部位で、脳報酬系において中心的な役割を果たします。
(3)中脳腹側被蓋野
VTAは、欲求を満たすための行動の動機づけに関しており、脳報酬系を形成するドパミン細胞が多く存在しています。このドパミン細胞は、期待していた結果と実際の結果の誤差に合わせて活動量が変化するとされています。
この期待していた結果(報酬)と、実際に得られた結果の誤差は、予測誤差と呼ばれます。
期待以上の結果が得られれば、つまり、予測誤差が正の方向に大きい場合、ドパミン細胞は活性化し、その軸索終末から多くのドパミンが放出されます。
一方、期待よりも報酬が少なければ、つまり、予測誤差が負の方向に大きい場合、ドパミン細胞の興奮は抑制され、軸索終末からシナプスへのドパミンの放出量も少なくなります。
脳報酬系の仕組み
それでは、上述してきた脳領域がそれぞれどのような繋がりを持ち、脳報酬系を形成しているのか見ていきたいと思います。
まず、得られた報酬と期待していた報酬から算出された予測誤差信号が、VTAのドパミン細胞から放出されるドパミンの量としてNAcに伝わります。
このとき同時に、前頭葉から、報酬をもたらした運動・行動に関する情報がNAcに伝わることになります。
どのような運動・行動を/どのような条件下で/いつ起こしたかという、運動・行動に関わる情報と、それによってもたらされる報酬の情報がNAcで関連付けられ、その行動の価値が規定されることになります。
(1)期待以上に良い報酬が得られた場合
ある行動Aを起こしたとき、得られた報酬が期待よりも大きいと、VTAのドパミン細胞は活性化し、放出されるドパミンの量は増大します。
すると、この行動Aに対する価値が高まり、NAcは行動Aに関する情報を受け取り易くなります。
(2)期待よりも報酬が少なかった場合
逆の場合も見てみましょう。
今度は、ある行動Bを実行したときに、得られた報酬が予測していた報酬よりも少なかったとします。
すると、VTAのドパミン細胞は抑制され、軸索終末からシナプスへ放出されるドパミンの量が少なくなります。このため、NAcは「行動Bを行っても大した報酬はない」と価値付け、前頭葉から行動Bに関する情報を受け取りにくくなります。
(3)脳報酬系における学習の強化
脳報酬系とは別に、PFC→NAc→視床→PFCという、大脳皮質-基底核のループ(辺縁系ループ)が存在しています。このループは、認知情報の評価や、情動・感情の表出、意欲などに関わる高次脳機能を司っています。
また、これとは別に、PFCと線条体の尾状核・被殻を結ぶ前頭前野系ループと呼ばれる、大脳皮質-基底核のループも存在しています。このループは、認知情報やPFC背外側部のワーキングメモリ機能を活用し、意思決定や行動計画といった高次脳機能を司っています。
脳報酬系で作られた価値・報酬などの情報が、この2つのループに影響を与えることで、ある行動に対する意欲や意思決定が変化します。
つまり、良いとみなされた行動(先述した行動A)は、より頻回に引き起こされるようになり、一方、価値の低い行動(先述した行動B)は抑制され、起こらないようになるのです。
動機づけと脳報酬系
ここまで、脳報酬系の神経生理学的な仕組みについて述べてきました。
ここからは、実際のやる気や動機づけについてみていきたいと思います。
(1)認知的不協和
ある行動の結果得られた報酬の情報は、予測誤差としてVTAからNAcに伝達されることを説明してきました。
予測誤差は実際に得られた報酬と期待していた報酬の差から算出されます。そして、実際にはVTAのドパミン細胞軸索終末からNAcへ放出されるドパミンの量として表されます。
この受け取ったドパミンの量に応じてNAcの活動量が変化することになり、活動量が大きいほど、その行動の価値が高いと判断されます。
ここで、同等の価値付けがなされた2つ以上のものの中から、一つの選択するように迫られたとします。
つまり、ひとつを選ぶ代わりに、その他のものを諦めなければならないという状況です。このようなときに生じる不快感は認知的不協和とよばれます。
下記の図を通して具体的に見ていきましょう。
どちらも同じだけ好きなケーキのうち、一つだけしか選べない状況を作ります。
すると、何となくいやな気持ちになりますよね。
この2者択一の状況で生じる不快感が認知的不協和です。
そしてこのときNAcでは、選ばなかったケーキに対する価値(好きな度合い)を下げるように調整し、認知的不協和の解決を図ることが分かっています。
非常に良くできた仕組みと言えますが、何かを選んでもらうという状況になったときには、選ばれなかった行動に対する価値付けが、それ以降低下してしまうというリスクがあることを念頭に置いておく必要がありそうです。
(2)動機づけとアンダーマイニング効果
動機付けとは“目標指向的活動が開始、維持される過程(Pintrichら、2002)”と定義されています。
何かの行動を起こす、そのような方向づけを推進する、そしてそれを継続するといった過程の総称です。
動機づけは、大きく内発的動機づけと外発的動機づけに分けられます
内発的動機づけは、動機づけられる行動と目標が不可分であり、外的報酬を伴わない動機づけとされます。「単純に好きだからやっている」、「自分が成長するために頑張る」といったものです。
一方、外発的動機づけは、動機づけられる行動と切り離すことができる、外的報酬の獲得を目標とした動機づけとされます。「お小遣いをもらうために勉強を頑張る」、「主治医に褒められるためにリハビリを頑張る」などです。
この2つの動機づけの関係性において重要なポイントが、アンダーマイニング効果です。
もともと内発的に動機づけられていた行動に対して、金銭などによる外発的動機づけを行うと、内発的な動機づけが低下してしまうという現象です。
内発的に動機づけられていた課題(課題の成功=報酬)に対して、一方の群には成功に伴う金銭付与(外的報酬)をせず(統制群)、もう一方の群には金銭を与える(報酬群)という実験を行いました(Murayamaら、2010)。
この実験は2つのセッションに分かれており、第1セッションでは、上記の条件に従って2つの群に課題を実行してもらいました。
その結果、両群とも課題の成功によってNAcの活動量は高まりましたが、報酬群の方が有意に高い活動量を示しました。
続く第2セッションでは、報酬群に対して、「このセッションでは成功しても金銭はあげません」と事前に告げた上で、第1セッションと同じ課題を行ってもらいました。
すると、統制群では、課題の成功により、第1セッションと同様の活動をNAcが示したのに対し、報酬群では活動量が低下していました。
そして、第2セッションでのNAcの活動量は、統制群が有意に高くなるという結果となりました。
このように、内発的に動機づけられていた課題であっても、一度外発的に動機付けられることで、もともとの内発的動機づけ自体が減少してしまう、アンダーマイニング効果が実験的に証明されました。
そして、このとき、活動量が低下するのはNAcだけではなく、PFCの背外側部の活動も併せて低下することが分かりました。
従って、アンダーマイニング効果によって、内発的動機づけの量が低下するだけでなく、その行動自体が抑制されてしまうのです。
(3)内発的動機づけに関わる因子
最後に、内発的動機づけを高めるために大切な因子について紹介していきます。
内発的動機づけには
・自己効力感
・自己決定感
が大切であるとされています。自己効力感はイメージがつきやすいと思いますが、自己決定感はどうでしょうか?
ある行動を起こすかどうか、その判断を自分で行った場合、①課題に対する成功率が向上する、②脳の帯状回前部・前頭前野内側部・島皮質前部(すべて情動に関わる部位)が活動、③NAcも同様に活動するということが分かっています。
自己決定した課題について、課題が成功した場合はNAcおよびPFCの腹内側部がともに高い活動を示します。
一方、課題に失敗した場合は、NAcの活動量は下がってしまいます。しかし、PFC腹内側部の活動は高い状態を維持していることが分かっています(Murayamaら、2013)。
このことから、NAcは報酬(成功)に対して、純粋な価値を表現することが分かります。しかし、PFCでは、失敗に対しても積極的に価値付けを行うことで、次の行動に失敗を活かそうとしているといえます。
つまり、自己決定した行動・課題については、例え失敗したとしても、そこから学び次の行動に繋げていくことができるのです。
トライ&エラーを繰り返すことで、課題への成功率を高め、さらに内発的動機づけを強くしていくことができるのです。
さて、今回は、脳報酬系とやる気(動機づけ)についてまとめていきました。次回は、この脳報酬系と鎮痛のメカニズムについて紹介していきたいと思います。
<参考文献>
(1)Murayama K, Matsumoto M, et al. Neural basis of the undermining effect of monetary reward on intrinsic motivation. Proc. Natl. Acad. Sci. USA; 107: 20911-20916.
(2)Murayama K, Matsumoto M, et al. How self-determined choice facilitates performance: A key role of the ventromedial prefrontal cortex. Cortex: 2013.
(3)若泉謙太.慢性痛の運動療法における脳内報酬ドパミン系ネットワークの重要性. 日本運動器疼痛学会誌. 2017; 9: 286-294.
痛みを調節する仕組み~pain modulationのメカニズム~
痛みは、侵害刺激を受容するTransductionから始まり、Conduction(活動電位の伝導)、Transmission(シナプスでの神経伝達物質を介した伝達)という仕組みを通じて、末梢から脳まで伝わり、Perception(知覚)されます。
そして、この知覚された痛み感覚・痛み体験はmodulation(調節)という仕組みによって変化させられます。
今回は、生体に備わっているpain modulationの種類や、そのメカニズムについて概説していきたいと思います。
<アウトライン>
Pain modulation
末梢組織に加わった侵害刺激は上行性に伝わっていきますが、このmodulationは基本的に下行性に痛みを調節します。
一般的に、この調節機能は鎮痛作用を引き起こすメカニズムとして説明されますが、Heinricherら(2009)は、このmodulation機能は、痛みを強くする可能性もあると述べています。
例えば、疼痛の代表的な治療薬であるオピオイドの1つ、モルヒネを使用したラットの実験(Watanabe et al, 2014)では、容量を限定したモルヒネの使用は鎮痛効果を発揮するが、多量の使用により痛覚過敏を引き起こしたと報告されています。
この記事では、鎮痛作用に焦点を当ててまとめていきますが、このような両面性の特徴を持つ機能であることに留意が必要です。
今回紹介するmodulationは下記の通りです。
- 内因性オピオイド
- 下行性疼痛抑制系
- ドパミンシステム
- 内因性カンナビノイド
- 広汎性侵害抑制調節
内因性オピオイド
内因性オピオイドは、痛覚伝導路のさまざまな場所で特異的受容体(オピオイド受容体)と結合し、オピオイド(モルヒネなど)に類似した鎮痛作用を発揮する物質の総称です。
鎮痛作用を持つとされる内因性オピオイドは少なくとも10種類はあると報告されていますが、特に重要な働きを持つとされる内因性オピオイドとその受容体を下記の表にまとめます。
内因性オピオイドは脳内において、後述する下行性疼痛抑制系に関わる下行性ノルアドレナリン神経やセロトニン神経を賦活化させ、脊髄後角での痛覚情報伝達を抑制します。
また、大脳皮質や視床に直接作用することで、痛覚情報の伝達を抑制します。
さらに、一次侵害受容ニューロンの中枢終末からのグルタミン酸やサブスタンスP、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)の分泌を抑制したり(シナプス前抑制)、二次侵害受容ニューロンの活性化を抑制(シナプス後抑制)することでも鎮痛作用をもたらします。
このように、内因性オピオイドは、脊髄から脳という痛覚の中枢経路の様々な部位で作用するため、強い鎮痛効果を発揮すると考えられています。
そして、モルヒネのようなオピオイド鎮痛薬で認められる副作用がないことも知られています。
しかし、この内因性オピオイドによる抑制性modulation機能は、慢性腰痛患者で低下している可能性があることが報告されています(Martikanen et al, 2013)。
慢性的な疼痛が、オピオイド受容体を長時間に渡って活動させるため、受容体の発現低下(downregulation)が起こってしまうと考えられています。
以前の記事で紹介した「運動による疼痛抑制(Exercise-Induced Hypoalgesia:EIH
)」に、内因性オピオイドが関与している可能性が考えられていますが(否定的な研究結果もあり)、慢性痛患者ではこのEIHが起きにくいとされています。
その一つの理由として、上述したオピオイド受容体の発現低下が関与しているのではないかと考えています。
下行性疼痛抑制系
下行性疼痛抑制系の中心は中脳中心灰白質(PAG)です。
PAGは、痛み刺激を受容した脳の疼痛関連領域(Pain matrix:特に前帯状回や島皮質・偏桃体)から下行性の信号を受けて、ノルアドレナリンおよびセロトニン作動性の疼痛抑制系路を通じて、脊髄後角へ投射します。
ノルアドレナリン作動性のPAG-DLPT系は、病態時の鎮痛に働きます。
一方、セロトニン作動性のPAG-RVM系は、病態時に疼痛の増悪に関与するとする報告もあります。これは、慢性疼痛患者の脳機能異常が一因ではないかと考えられています(沖田ら、2019)
ドパミンシステム
快情動や意欲、学習の強化などに深く関与しているのが脳報酬系であり、ドパミン神経は脳報酬系の主要な経路です。
この脳報酬系はドパミンシステム(中脳辺縁系)と呼ばれています。
痛み刺激などが加わると、腹側被蓋野(VTA)ニューロンに活動電位が生じ、大量のドパミンが放出されます。
これにより、主に側坐核(NAc)でµオピオイド(βエンドルフィンやMetエンケファリン)が産生され、鎮痛効果を発揮するとされています。
このドパミンシステムのNAcが慢性腰痛患者で反応性低下を示すことが明らかにされています(Baliki et al, 2010)。
ドパミンシステムは、痛み刺激だけでなく、快情動などによっても賦活化されるため(脳報酬系と呼ばれる所以)、慢性疼痛患者において快情動を生じさせることは、可塑的変化を起こしたドパミンシステムを再び活性化させるために重要です。
この快情動を生み出す手段として、リハビリテーションで用いる一般的な方法が運動です。ドパミンシステムはEIHのメカニズムに関与していると考えられています。
運動によってドパミンシステムが活性化することで、鎮痛効果や快情動が生み出されます。その結果、運動に対するネガティブなイメージが刷新され、運動を継続していくためのアドヒアランスも高まっていく可能性があります。
内因性カンナビノイド
大麻に含まれる精神神経作用(高揚感、不安軽減、鎮痛、健康感など)を持つ物質を総称してカンナビノイドと呼びます。
この物質は生体内にも存在し、内因性カンナビノイド(eCB)と呼ばれています。代表的な物質はアナンダミドです。
eCBの受容体としてCB1とCB2が同定されており、eCBがこれらの受容体と結合することで、シナプスにおける神経伝達物質の分泌を抑制し(シナプス前抑制)、鎮痛効果を発揮するとされています。
CB1は主に中枢神経系で、CB2は末梢神経で発現しているとされています。
CB1は脳内の広い範囲で認められており、PAGを中心とした下行性疼痛抑制系や、脳報酬系であるドパミンシステムとの関連が指摘されています。
CB1が発現しないように調節されたラットでは、オピオイドによる報酬効果が発現しないことが報告されています。このことから、内因性オピオイドと内因性カンナビノイドの間には相互作用があると考えられています。
また、末梢神経を損傷したマウスでは、損傷した神経と対側の視床で、CB1受容体の発現増加(upregulation)が認められています。これは、神経障害性疼痛の抑制に内因性カンナビノイドが関与している可能性を示唆しています。
さらに、CB1は脊髄後角でも発現が認められています。前述したように、CB1受容体にeCBが結合することで、一次侵害受容ニューロンから二次侵害受容ニューロンへの情報伝達がシナプス前抑制され、鎮痛効果を発揮します。
一方、末梢神経に発現するCB2がeCBにより活性化されると、末梢での侵害刺激によって産生される炎症性サイトカインを抑制し、痛みや痛覚過敏(末梢感作:神経性炎症)を抑制する作用があります。
このように、内因性カンナビノイドは、生体内の広い範囲で作用し、上述してきたpain modulationと相互作用があることがから、重要な機能であることが分かります。
内因性カンナビノイドであるアナンダミドは、中等度の運動(ランニングやぺダリング)で血中濃度が増大すると報告されています(Sparling et al, 2003)。
また、筋の静的(等尺性)収縮でも、血中のアナンダミド濃度が増大し、CB2を活性化させる可能性があることが報告されています(Koltyn et al, 2014)。
内因性カンナビノイドは運動によって増加することから、EIHの主要なメカニズムの1つではないかと考えられています。
広汎性侵害抑制調節
広汎性侵害抑制調節(Diffuse Noxious Inhibitory Controls:DNIC)は、別の部位に加えた侵害刺激によって、当該部位の痛みが抑制されるというメカニズムです。
メカニズムの詳細は解明されていませんが、内因性オピオイドなどが関与している可能性が示唆されています。
また、動物実験レベルでは、他部位への侵害刺激によって、脊髄後角に存在する二次侵害受容ニューロンの1つ、広作動域(WDR)ニューロンの興奮性が広い範囲で抑制されることが証明されています。
疼痛の定量的評価法の1つで、抑制性modulationの機能を評価するConditioned pain modulation(CPM)では、このDNICメカニズムを評価していると考えられています。
CPMは、高齢・女性・破局的思考・抑うつ・睡眠不足などがある場合に反応が減少するとされています。
これらの症状をみてみると、以前紹介した中枢性感作症候群(Central sensitization syndrome:CSS)で認められる症状が含まれていることが分かります。
従って、CSS患者の痛覚過敏の一因として、DNIC機能の低下があるのではないかと考えられます。
ここまで、pain modulationに関わる生体内のメカニズムをまとめてきました。
一つ一つのシステムは別々に稼働しているわけではなく、互いに関連し合っている部分があります。このように、人の体には元来、痛みを抑制するためのシステムが備わっているのです。
慢性疼痛や術後急性痛などで、この抑制システムを十分に機能させるためにも、まずは仕組みから知っておく必要があります。
<文献>
(1)Heinricher MM, Tarares I, et al. Descending control of nociception: specificity, recrutment and plasticity. Brain Res. 2009; 60 (1): 214-225.
(2)Watanabe C. Mechanism of spinal pain transimission and its regulation. Yakigaku Zasshi, 2014; 134 (12): 1301-1307.
(3)Martikainen IK, Pecina M, et al. Alterations in endogeneous opioid functional measures in chronic back pain. J Neurosci, 2013; 33 (37): 14729-14737.
(4)Baliki MN, Geha PY, et al. Predicting value of pain and analgesia: nucleus accumbens respons to noxious stimuli changes in the presence of chronic pain. Neuron, 2010; 66: 149-160.
(5)山本経之.カンナビノイド受容体‐中枢神経系における役割.日薬理誌,2007;130:135‐140.
(6)Sparling PB, Giuffrida A, et al. Exercise activates the endocannabinoid system. Neuroreport, 2003; 14: 2209-2211.
(7)Koltyn KF, Brellenthin AG, et al. Mechanisms of exercise-induced hypoalgesia. J Pain, 2014; 15: 1294-1304.
侵害受容性疼痛の神経生理学を理解する
疼痛は原因別に大きく3つに分類することができます。
- 侵害受容性(炎症性)疼痛
- 神経障害性疼痛
- 心因性疼痛(認知性疼痛)
侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛は、器質的な異常に起因することから、器質性疼痛と呼ばれます。一方、心因性疼痛のように明らかな器質的異常が認められない疼痛は、非器質的疼痛と呼ばれます。
器質的疼痛は痛みの多面性の中でも感覚的側面が強く、一方、非器質的疼痛は認知・情動的側面が色濃く表れます。
今回は、臨床上最も多く遭遇するであろう侵害受容性疼痛の発生機序を神経生理学的をもとに説明していきたいと思います。
<アウトライン>
侵害受容性疼痛とは
侵害受容性(炎症性)疼痛は、身体組織に損傷を与えうる機械的刺激や熱刺激、炎症により産出される化学物質が原因となり引き起こされる疼痛です。
侵害受容性疼痛の伝達経路
(1)侵害刺激が知覚されるまで
侵害受容性疼痛では、まず何らかの組織に加わった侵害刺激を、一次侵害受容ニューロンの自由神経終末が受容し電気信号に変換します(transdtction:変換)。
その後、電気信号は軸索を伝って中枢に伝達されます(conduction:伝導)。
脊髄後角まで到達した信号は、第2走者である二次侵害受容ニューロンへ。
この時、一次侵害受容ニューロンと二次侵害受容ニューロンの間に存在するシナプスでは化学物質を介して情報が伝達され(transmission:伝達)、二次侵害受容ニューロンで活動電位が起こります。
視床で三次侵害受容ニューロンに情報が伝達されたのち、大脳皮質体性感覚野などに到達し、刺激は痛みとして知覚されます(perception:知覚)。
さらに痛みを感じると、その痛みを抑制したり調整したりするような下行性の制御が働きます(modulation:調節)。
- transduction:刺激を電気信号に変換
- conduction:活動電位が軸索を伝い伝導
- transimission:シナプスで次の侵害受容ニューロンに伝達
- perception:脳で知覚
- modulation:疼痛の下行性制御
以上が侵害刺激を受けてから痛みとして知覚されるまでの課程です。本記事の後半でも述べますが、患者さんの痛みを評価・治療するときに、このどの過程に問題があるのかを個々に考えていく必要があります。
ここからは、それぞれの課程を細かく見ていくことにします。
(2)Transductionとconduction
生体に加わった侵害刺激は一次侵害受容ニューロンの自由神経終末で受容され、電気信号に変換されます。
先述したように、侵害刺激には機械的刺激、熱刺激、化学刺激などさまざまな刺激があります。
侵害受容性疼痛では、まず組織に侵襲を与えるような刺激が加わり、その後、炎症が生じます。
最初の侵害刺激で生じた疼痛は一次痛と呼ばれ、「刺すような鋭い痛み」と表現されます。その後、「遅れて鈍く疼くような痛み」が出現し、これは二次痛と呼ばれています。
このような違いが起こる理由は、侵害刺激を受容し電気信号に変換(transduction)した一次侵害受容ニューロンの違いが要因です。
一次侵害受容ニューロンにはAδ線維とC線維という2種類の神経細胞が存在します。いずれの神経細胞も、その末梢の神経終末は特定の形を持たない自由神経終末となっています。
Aδ線維の自由神経終末には高閾値機械受容器が分布しており、強い機械的刺激を受けたときに脱分極し活動電位を発生させます。
Aδ線維の軸索は髄鞘で包まれており、髄鞘と髄鞘の間はランヴィエ絞輪と呼ばれています。髄鞘は電気的に絶縁部分となっているため、Aδ線維で発生した活動電位はランヴィエ絞輪から次のランヴィエ絞輪へと飛び飛びに伝わっていきます(跳躍伝導)。
したがって、伝導(conduction)する速度が速いという特徴を持ちます。
一方、C線維の自由神経終末には、機械的受容器だけでなく、熱・化学物質など、さまざまな侵害刺激に反応する受容器がごちゃまぜになっています。このため、ポリモーダル受容器と呼ばれています。
このポリモーダル受容器は、非侵害性の刺激から侵害性の刺激まで幅広く受容し、さらに刺激の強度に応じてその興奮性が変化するという性質を持ちます。
C線維の軸索は、髄鞘に包まれておらず、軸索がむき出しの状態になっています。このため、跳躍伝導が起きず、伝導速度はAδ線維よりも遅くなります。
以上から、強い機械的侵害刺激によって真っ先に生じる一次痛は、高閾値機械受容器を持ち、かつ伝導速度の速いAδ線維によって伝えられていると考えられています。
一方、組織損傷によって引き起こされた炎症による熱刺激や炎症メディエーターによる化学的侵害刺激は、伝導速度に遅いC線維によって伝導され、二次痛として知覚されます。
(3)Transimission
一次侵害受容ニューロンは脊髄の後角で二次侵害受容ニューロンに情報を伝達(transimission)します。
このとき情報のやり取りを担うのは、神経伝達物質と呼ばれる化学物質です。
この化学物質には、グルタミン酸やサブスタンスP、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)などがあります。
これらの神経伝達物質が、二次侵害受容ニューロンにある受容体と結合すると、イオンチャネルが開口し、NaイオンやCaイオンが流入します。これにより、二次侵害受容ニューロンで活動電位が起こり、さらに中枢へと情報が伝達されていきます。
このように、侵害刺激の情報は電気信号→化学物質→電気信号というように、情報を伝達する媒体を変えながら伝えられていきます。
以下に、二次侵害受容ニューロンの種類について簡単にまとめました。
(4)Perception
脊髄後角から始まる二次侵害受容ニューロンは、視床でシナプスを介して三次侵害受容ニューロンに情報を伝達します。
そして、ここから大脳皮質の体性感覚野などに侵害刺激情報が伝わり、痛みを知覚(perception)します。
一次侵害受容ニューロンが痛みの末梢の伝達経路であり、一方この二次侵害受容ニューロン以降の経路は、痛みの中枢伝達経路です。
中枢伝達経路は外側脊髄視床路(外側系)と内側脊髄視床路・脊髄網様体路(内側系)に分けられます。
外側系は体性感覚野に情報を伝え、痛みの強さや局在を知覚させます(痛みの感覚的側面)。
一方、内側系は、島皮質や前帯状回、前頭前野、偏桃体などに情報を伝え、不快な情動を惹起させたり(痛みの情動的側面)、痛みの記憶・経験といった痛みの認知的側面に影響を与える経路です。
以前の記事で紹介した痛みの多面性は、このような神経生理学的機序に基づいているものです。
(5)Modulation
さて、ここまで侵害刺激がどのように脳に伝わり知覚されるかを見てきました。
人間の体には、この痛みを抑制するような調節機構(modulation)が備わっています。詳細はまた別の記事にしようと思いますが、ここではどのような調節機構があるか簡単に紹介します。
- 下行性疼痛抑制系:中脳中心灰白質を中枢とし、下行性に疼痛を抑制
- 内因性オピオイド:生体に存在するモルヒネ様物質(オピオイド)による鎮痛
- 脊髄内抑制系:脊髄に存在する、痛みに抑制的に働く経路
- 広汎性侵害抑制調節:別の部位の痛みによって、当該部位の痛みが抑制
- 内因性カンナビノイド:生体に存在する大麻に含まれる生理活性成分
これらの機構が正常に機能することで、疼痛は抑制されます。
炎症に伴う末梢感作
侵害刺激によって組織が損傷されると炎症反応が引き起こされます。
上述したように、炎症によって生じた化学物質には、そのもの自体が発痛作用を有していることが多いです。
一方、これらの化学物質のなかには、炎症時の疼痛を強めてしまう働きをするものもあります(TRPV1受容体の閾値低下)。
さらに、痛み刺激そのものが炎症を損傷部位周辺に広げてしまい、痛覚過敏を引き起こす原因になることもあります(神経性炎症)。
(1)TRPV1受容体の閾値低下
TRPV1受容体はもともと43℃を超える熱刺激に反応する受容体です。
しかし、炎症によって漏出されるATPやブラジキニンが存在していると、体温程度の熱でも反応するようになります。
したがって、炎症部位の熱により疼痛が生じる原因になっている可能性があります。
アイシングによる鎮痛メカニズムの1つに、このTRPV1が関与しているのではないかと考えられます。
(2)神経性炎症
電気信号に変換された侵害刺激情報は、末梢から中枢に上行していきます。
しかし、一部の活動電位は、軸索分岐で反転し末梢方向に戻ってくることがあります(軸索反射)。そして、これと同様の現象は脊髄後根でも認められます(後根反射)。
この2つの反射から、逆行性に伝達されてきた活動電位により、末梢の神経終末からサブスタンPやCGRPなどの神経ペプチドが分泌されます。
これらの物質がC線維のポリモーダル受容器を刺激することで、損傷部位の周辺にまで疼痛が広がることになります。
さらに、CGRPには血管拡張作用が、サブスタンPには血管透過性亢進作用があるため、損傷部の周辺にも炎症様の反応が引き起こされます(腫脹・熱感など)。
このように、損傷してしないにも関わらず、神経からの作用によって引き起こされる炎症を神経性炎症といいます。
神経炎症によって疼痛領域が拡大したり、痛覚過敏が引き起こされる可能性があります。
臨床でどう考えるか
(1)経路のどこに問題があるか?
痛みは、刺激が入ってから知覚されるまでに、多くの経路を通過することが分かりました。
このことを踏まえると
- 侵害刺激そのものを減らす
- 中枢感作(脊髄後角での感受性亢進)に対する薬物治療
- 痛みの認知面への介入
- 下行性疼痛抑制き代表される抑制性modulation機能の改善
など、幅広い治療・介入が必要になることが分かります。
(2)末梢感作を抑える
さまざまな介入が考えられますが、まずは炎症をコントロールすることが先決です。
炎症を抑える薬や物理療法を適切に利用すること、負荷量や活動量を調節することで、炎症の増悪を防ぎ、組織の修復過程を阻害しないようにすることが大切です。
炎症が持続することで、TRPV1受容体のい閾値が低下したり、神経性炎症が惹起されやすい状態が作られることになってしまいます。
また、こうして長引いた急性疼痛により、慢性疼痛へと進行していく恐れもありますので、急性期の対応をその後の疼痛治療に対して非常に大切です。
さて、今回は侵害受容性疼痛の基本についてまとめました。皆さまのお役に立てれば幸いです。
運動がもたらす鎮痛効果〜Exercise induced hypoalgesia(EIH)〜
運動療法は理学療法士が臨床で行う頻度が多い介入の1つです。
運動療法とは
身体の全体または一部を動かすことで症状の軽減や機能の回復を目指す療法(Wikipedia「運動療法」より引用)
であり、臨床上ではROM exや筋力トレーニングから歩行練習、有酸素運動まで幅広い運動を治療として行っています。
運動療法を行う目的は様々ですが一般的には
- 筋力や筋持久力の向上
- 柔軟性の改善
- バランス能力や歩行能力の向上
- 全身持久力の向上
などが多いのではないでしょうか。
そして、運動器疾患においては、これらの機能改善を図ることで疼痛の軽減を目指します。しかし、Steigerら(2012)は慢性化した非特異的腰痛患者においては、機能改善が疼痛改善に直接的に反映されなかったことを報告しています。
実際の臨床現場においても、慢性疼痛患者さんでは、可動域の改善や筋力の改善と痛みの改善がイコールではない方を多く経験します。
しかし、運動によって疼痛が軽減することもまた事実です。2010年以降、運動をすること自体が鎮痛効果を生み出すメカニズムが明らかにされてきました。これはExercise-Induced Hypoalgesia(EIH)と呼ばれ、慢性疼痛に対する運動療法の有用性を説明する根拠となってきています。
今回の記事では、このEIHのメカニズムを中心にまとめていこうと思います。
<アウトライン>
EIHのメカニズム
EIHとは
EIHとは端的に言えば、「運動中または運動後に疼痛が減少する現象」です。
身近な例はランナーズ・ハイでしょう。
ランニングやマラソンなどで長時間走っていると、苦しくなってきますね。しかし、それを超えると、快感や多幸感・気分高揚などを感じ、苦しさが軽減される現象です。
初期のEIH研究も長時間・高強度の運動を行ったときの鎮痛効果に関する報告が多かったようですが、最近ではそれほど高負荷な運動でなくても効果が認められることが分かってきています。
EIHが引き起こされる理由は、運動によって脳報酬系や下行性疼痛抑制系などの、内因性疼痛修飾系が賦活されるためと考えられています。
EIHのメカニズム
上述したように、EIHが引き起こされるメカニズムは、運動に伴う内因性疼痛修飾系の賦活化と考えられています。
(1)内因性オピオイド
内因性オピオイドは体内に存在するモルヒネ様物質であり、βエンドルフィンなどが運動により増加することが分かっています。
内因性オピオイドの働きは下記のものが考えられています。
- AδおよびC線維の興奮抑制
- 脊髄後角でのシナプス前抑制や後抑制
- 中脳GABA神経の抑制
- 脳報酬系賦活化
- 下行性疼痛抑制系の活性化
しかし、内因性オピオイドの血中濃度の変化と痛みの変化との間に相関が見いだされなかったとする報告もあります。
(2)内因性カンナビノイド
前出の内因性オピオイドではなく、内因性カンナビノイド(大麻に含まれる化学物質の総称)がEIHのメカニズムに関与しているのではないかというのが近年の考えです。
内因性カンナビノイドは
- 抗不安作用
- 末梢・中枢における鎮痛作用
を有しているとされています。
Fussら(2015)は、強制ではなく、遊びで走った後のマウスでは、エンドルフィン(内因性オピオイド)と内因性カンナビノイドの両方の血中濃度が高まり、運動後の疼痛閾値の上昇や不安の軽減といったEIHが認められたことを報告しています。
そして、カンナビノイド受容体遮断薬を使用するとEIHは認められず、オピオイド受容体遮断薬を使用するとEIHが認められたとしています。
このことから、EIHには内因性カンナビノイドがより強く関わっているのではないかと考えられています。
(3)モノアミン
モノアミンは神経伝達物質の総称で、セロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ヒスタミン、ドーパミンなどが含まれています。
ノルアドレナリンやセロトニンは脊髄後角において疼痛を抑制する下行性疼痛抑制系に関与しています。
ドーパミンは、中脳水道周囲灰白質(PAG)で内因性オピオイドの作用を増強させ鎮痛効果を高める可能性があることが示唆されているほか、脳報酬系を賦活させることで、運動と鎮痛効果の関係が結びつき、行動変容を促すことができる可能性があります(若泉、2017)。
(4)その他
その他にも、運動によって脊髄後角におけるミクログリアの活性化が抑制されることが報告されています。
ミクログリアはサイトカインの1つであるBDNF(脳由来神経成長因子)を産出し、神経障害性疼痛を発生・増悪させる可能性があるとされています。
Acute exerciseによるリスク
さて、運動により鎮痛効果が得られるメカニズムまで明らかにされてきていますから、当然慢性疼痛で悩む患者さんに対して運動療法を勧めたくなってきます。
しかし、ここで注意が必要なのです。
慢性疼痛の患者さんでは、中枢性感作や下行性疼痛抑制系の機能低下が起こっていることが分かっており、このような状況にある場合、運動によって疼痛が増悪してしまう可能性があるのです。
とくに、慢性疲労症候群を併発しているような患者さんでは、EIHが起こりにくいとされています。
したがってこのような患者さんに対して、1回きりの急激な運動(acute exercise)を行わせると、さらに運動を回避するような行動をとってしまう恐れがあります。
慢性痛の患者さんにおいては、運動強度に十分配慮しながら、徐々に運動を習慣化していく必要があります。
Regular exerciseのエビデンス
acute exerciseによるリスクはありますが、運動が習慣化(regular exercise)することでEIHが働き、疼痛を軽減させる可能性が多くの研究で報告されています。
✔慢性疼痛モデルマウスに、事前に8週間運動をさせた。普段から運動をしてることで内因性オピオイドを介した疼痛抑制効果が得られる(Slukaら、2013)
✔受傷前のregular exerciseは疼痛過敏や疼痛行動を抑制し、慢性痛を予防できる(Bobinskiら、2011)
✔疼痛発症後にregular exerciseを開始した場合でもEIHは得られる(Bobinskiら、2011)
✔神経障害性疼痛モデルマウスに走動作をさせた。走行距離が長いほど鎮痛効果が高かったことから、運動強度よりも運動量が影響(Kamiら、2015)
✔慢性頸肩痛患者に20分間の自転車運動(50% HRR)。週2回では3週間で、週3回では2週間でtemporal summationが減少(= 中枢感作が減少)(Y. Shiroら、2017)
これらの報告をみると、普段からの運動習慣が重要であることがよく分かります。しかしながら、疼痛が生じた後でも、運動を習慣化できれば疼痛が軽減していく可能性も報告されています。
繰り返しになりますが、運動を習慣化させ、EIHを生じる状態にするということが慢性疼痛に対する治療のキーポイントになりそうです。
<参考文献>
(1)Steiger F, Wirth B, et al.: Is a positive clinical outcome after exercise therapy for chronic non-specific low back pain contigent upon a corresponding improvement in the targwted aspects of performance ? A systematic review. Eur Spine J.2012; 21: 575-598.
(2)Johannes Fuss, Jorg Steinle, et al.: A runner's high depends on cannabinoid receptors in mice. PNAS, 2015; 112 (42): 13105-13108.
(3)若泉謙太:慢性疼痛の運動療法における脳内報酬ドパミン系ネットワークの重要性.日本運動器疼痛学会誌,2017;6:286-294.
(4)Mira Meeus, Jo Nijis, et al.: Moving on to movement in patients with chronic joint pain. IASP, 2016; 24 (1) : 1-8.
(5)Sluka K. A, O'Donnel J. M, et al: Regular physical activity prevents development of chronic pain and activation of central neurons. J Appl Physiol, 2013; 15: 725-733.
(6)Bobinski F, Martins D. F, et al.: Neuroprotective and neuroregenerative effects of low intensity aerobic exercise on sciatic nerve crush injury in mice. Neuroscience, 2011; 27: 337-348.
(7)Kami k、Taguchi S, et al.: Mechanisms and effects of forced and voluntary exercise on exercise-induced hypoalgesia in neuropathic pain model mice. Pain Res, 2015; 30: 216-229.
(8)城由紀子、松原貴子:運動療法による疼痛修飾機能への影響.Pain Res,2017;32:246-251.