侵害受容性疼痛の神経生理学を理解する
疼痛は原因別に大きく3つに分類することができます。
- 侵害受容性(炎症性)疼痛
- 神経障害性疼痛
- 心因性疼痛(認知性疼痛)
侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛は、器質的な異常に起因することから、器質性疼痛と呼ばれます。一方、心因性疼痛のように明らかな器質的異常が認められない疼痛は、非器質的疼痛と呼ばれます。
器質的疼痛は痛みの多面性の中でも感覚的側面が強く、一方、非器質的疼痛は認知・情動的側面が色濃く表れます。
今回は、臨床上最も多く遭遇するであろう侵害受容性疼痛の発生機序を神経生理学的をもとに説明していきたいと思います。
<アウトライン>
侵害受容性疼痛とは
侵害受容性(炎症性)疼痛は、身体組織に損傷を与えうる機械的刺激や熱刺激、炎症により産出される化学物質が原因となり引き起こされる疼痛です。
侵害受容性疼痛の伝達経路
(1)侵害刺激が知覚されるまで
侵害受容性疼痛では、まず何らかの組織に加わった侵害刺激を、一次侵害受容ニューロンの自由神経終末が受容し電気信号に変換します(transdtction:変換)。
その後、電気信号は軸索を伝って中枢に伝達されます(conduction:伝導)。
脊髄後角まで到達した信号は、第2走者である二次侵害受容ニューロンへ。
この時、一次侵害受容ニューロンと二次侵害受容ニューロンの間に存在するシナプスでは化学物質を介して情報が伝達され(transmission:伝達)、二次侵害受容ニューロンで活動電位が起こります。
視床で三次侵害受容ニューロンに情報が伝達されたのち、大脳皮質体性感覚野などに到達し、刺激は痛みとして知覚されます(perception:知覚)。
さらに痛みを感じると、その痛みを抑制したり調整したりするような下行性の制御が働きます(modulation:調節)。
- transduction:刺激を電気信号に変換
- conduction:活動電位が軸索を伝い伝導
- transimission:シナプスで次の侵害受容ニューロンに伝達
- perception:脳で知覚
- modulation:疼痛の下行性制御
以上が侵害刺激を受けてから痛みとして知覚されるまでの課程です。本記事の後半でも述べますが、患者さんの痛みを評価・治療するときに、このどの過程に問題があるのかを個々に考えていく必要があります。
ここからは、それぞれの課程を細かく見ていくことにします。
(2)Transductionとconduction
生体に加わった侵害刺激は一次侵害受容ニューロンの自由神経終末で受容され、電気信号に変換されます。
先述したように、侵害刺激には機械的刺激、熱刺激、化学刺激などさまざまな刺激があります。
侵害受容性疼痛では、まず組織に侵襲を与えるような刺激が加わり、その後、炎症が生じます。
最初の侵害刺激で生じた疼痛は一次痛と呼ばれ、「刺すような鋭い痛み」と表現されます。その後、「遅れて鈍く疼くような痛み」が出現し、これは二次痛と呼ばれています。
このような違いが起こる理由は、侵害刺激を受容し電気信号に変換(transduction)した一次侵害受容ニューロンの違いが要因です。
一次侵害受容ニューロンにはAδ線維とC線維という2種類の神経細胞が存在します。いずれの神経細胞も、その末梢の神経終末は特定の形を持たない自由神経終末となっています。
Aδ線維の自由神経終末には高閾値機械受容器が分布しており、強い機械的刺激を受けたときに脱分極し活動電位を発生させます。
Aδ線維の軸索は髄鞘で包まれており、髄鞘と髄鞘の間はランヴィエ絞輪と呼ばれています。髄鞘は電気的に絶縁部分となっているため、Aδ線維で発生した活動電位はランヴィエ絞輪から次のランヴィエ絞輪へと飛び飛びに伝わっていきます(跳躍伝導)。
したがって、伝導(conduction)する速度が速いという特徴を持ちます。
一方、C線維の自由神経終末には、機械的受容器だけでなく、熱・化学物質など、さまざまな侵害刺激に反応する受容器がごちゃまぜになっています。このため、ポリモーダル受容器と呼ばれています。
このポリモーダル受容器は、非侵害性の刺激から侵害性の刺激まで幅広く受容し、さらに刺激の強度に応じてその興奮性が変化するという性質を持ちます。
C線維の軸索は、髄鞘に包まれておらず、軸索がむき出しの状態になっています。このため、跳躍伝導が起きず、伝導速度はAδ線維よりも遅くなります。
以上から、強い機械的侵害刺激によって真っ先に生じる一次痛は、高閾値機械受容器を持ち、かつ伝導速度の速いAδ線維によって伝えられていると考えられています。
一方、組織損傷によって引き起こされた炎症による熱刺激や炎症メディエーターによる化学的侵害刺激は、伝導速度に遅いC線維によって伝導され、二次痛として知覚されます。
(3)Transimission
一次侵害受容ニューロンは脊髄の後角で二次侵害受容ニューロンに情報を伝達(transimission)します。
このとき情報のやり取りを担うのは、神経伝達物質と呼ばれる化学物質です。
この化学物質には、グルタミン酸やサブスタンスP、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)などがあります。
これらの神経伝達物質が、二次侵害受容ニューロンにある受容体と結合すると、イオンチャネルが開口し、NaイオンやCaイオンが流入します。これにより、二次侵害受容ニューロンで活動電位が起こり、さらに中枢へと情報が伝達されていきます。
このように、侵害刺激の情報は電気信号→化学物質→電気信号というように、情報を伝達する媒体を変えながら伝えられていきます。
以下に、二次侵害受容ニューロンの種類について簡単にまとめました。
(4)Perception
脊髄後角から始まる二次侵害受容ニューロンは、視床でシナプスを介して三次侵害受容ニューロンに情報を伝達します。
そして、ここから大脳皮質の体性感覚野などに侵害刺激情報が伝わり、痛みを知覚(perception)します。
一次侵害受容ニューロンが痛みの末梢の伝達経路であり、一方この二次侵害受容ニューロン以降の経路は、痛みの中枢伝達経路です。
中枢伝達経路は外側脊髄視床路(外側系)と内側脊髄視床路・脊髄網様体路(内側系)に分けられます。
外側系は体性感覚野に情報を伝え、痛みの強さや局在を知覚させます(痛みの感覚的側面)。
一方、内側系は、島皮質や前帯状回、前頭前野、偏桃体などに情報を伝え、不快な情動を惹起させたり(痛みの情動的側面)、痛みの記憶・経験といった痛みの認知的側面に影響を与える経路です。
以前の記事で紹介した痛みの多面性は、このような神経生理学的機序に基づいているものです。
(5)Modulation
さて、ここまで侵害刺激がどのように脳に伝わり知覚されるかを見てきました。
人間の体には、この痛みを抑制するような調節機構(modulation)が備わっています。詳細はまた別の記事にしようと思いますが、ここではどのような調節機構があるか簡単に紹介します。
- 下行性疼痛抑制系:中脳中心灰白質を中枢とし、下行性に疼痛を抑制
- 内因性オピオイド:生体に存在するモルヒネ様物質(オピオイド)による鎮痛
- 脊髄内抑制系:脊髄に存在する、痛みに抑制的に働く経路
- 広汎性侵害抑制調節:別の部位の痛みによって、当該部位の痛みが抑制
- 内因性カンナビノイド:生体に存在する大麻に含まれる生理活性成分
これらの機構が正常に機能することで、疼痛は抑制されます。
炎症に伴う末梢感作
侵害刺激によって組織が損傷されると炎症反応が引き起こされます。
上述したように、炎症によって生じた化学物質には、そのもの自体が発痛作用を有していることが多いです。
一方、これらの化学物質のなかには、炎症時の疼痛を強めてしまう働きをするものもあります(TRPV1受容体の閾値低下)。
さらに、痛み刺激そのものが炎症を損傷部位周辺に広げてしまい、痛覚過敏を引き起こす原因になることもあります(神経性炎症)。
(1)TRPV1受容体の閾値低下
TRPV1受容体はもともと43℃を超える熱刺激に反応する受容体です。
しかし、炎症によって漏出されるATPやブラジキニンが存在していると、体温程度の熱でも反応するようになります。
したがって、炎症部位の熱により疼痛が生じる原因になっている可能性があります。
アイシングによる鎮痛メカニズムの1つに、このTRPV1が関与しているのではないかと考えられます。
(2)神経性炎症
電気信号に変換された侵害刺激情報は、末梢から中枢に上行していきます。
しかし、一部の活動電位は、軸索分岐で反転し末梢方向に戻ってくることがあります(軸索反射)。そして、これと同様の現象は脊髄後根でも認められます(後根反射)。
この2つの反射から、逆行性に伝達されてきた活動電位により、末梢の神経終末からサブスタンPやCGRPなどの神経ペプチドが分泌されます。
これらの物質がC線維のポリモーダル受容器を刺激することで、損傷部位の周辺にまで疼痛が広がることになります。
さらに、CGRPには血管拡張作用が、サブスタンPには血管透過性亢進作用があるため、損傷部の周辺にも炎症様の反応が引き起こされます(腫脹・熱感など)。
このように、損傷してしないにも関わらず、神経からの作用によって引き起こされる炎症を神経性炎症といいます。
神経炎症によって疼痛領域が拡大したり、痛覚過敏が引き起こされる可能性があります。
臨床でどう考えるか
(1)経路のどこに問題があるか?
痛みは、刺激が入ってから知覚されるまでに、多くの経路を通過することが分かりました。
このことを踏まえると
- 侵害刺激そのものを減らす
- 中枢感作(脊髄後角での感受性亢進)に対する薬物治療
- 痛みの認知面への介入
- 下行性疼痛抑制き代表される抑制性modulation機能の改善
など、幅広い治療・介入が必要になることが分かります。
(2)末梢感作を抑える
さまざまな介入が考えられますが、まずは炎症をコントロールすることが先決です。
炎症を抑える薬や物理療法を適切に利用すること、負荷量や活動量を調節することで、炎症の増悪を防ぎ、組織の修復過程を阻害しないようにすることが大切です。
炎症が持続することで、TRPV1受容体のい閾値が低下したり、神経性炎症が惹起されやすい状態が作られることになってしまいます。
また、こうして長引いた急性疼痛により、慢性疼痛へと進行していく恐れもありますので、急性期の対応をその後の疼痛治療に対して非常に大切です。
さて、今回は侵害受容性疼痛の基本についてまとめました。皆さまのお役に立てれば幸いです。