リハきそ

整形外科領域を中心とした理学療法の臨床・教育・管理などの情報を発信します!

脳報酬系と鎮痛のメカニズム

報酬系は、中脳腹側被蓋野(VTA)から、大脳基底核である線条体に存在する側坐核(NAc)前頭前野に投射される経路です。

 

 期待を超える報酬刺激によって、VTAに存在するドーパミンニューロン(DAニューロン)が興奮し、NAcでのドーパミン放出量が増えます。

 

 これによってやる気や快情動が引き起こされたり、行動に対する価値観が変化したりします。

 

 脳報酬系を中心とした、ドーパミンシステムによる鎮痛のメカニズムには、大きく2つあります。

 1つ目は、VTAからのドーパミン放出による、内因性オピオイド活性化と、それによってもたらされる下行性疼痛抑制系の賦活です。

 そして、2つ目は脳報酬系の主な構成体である、側坐核や前頭前野によってもたらされる鎮痛効果です。

 

今回は、この2つの鎮痛メカニズムを中心見ていきたいと思います。

 

 

ーパミン神経細胞の活動

 まずは、今回の鎮痛作用の核となる、ドーパミンの放出メカニズムについて説明していきます。

 

VTAのDAニューロンの活動には、主に2つのパターンがあります。

 

(1)tonicな活動

f:id:gene_ptkh:20190727221022p:plain

  VTAに存在するドーパミン細胞(A10)には、報酬刺激などが加わらなくても、自律的にドーパミンを放出する活動が認められます。

 

  これは、VTAとその投射先である領域との間で形成されている、シナプス間隙でのドーパミン量を一定に保つための活動です。

 

  このtonicな活動が亢進しすると、次に説明するphasicな活動が抑制されてしまい、鎮痛メカニズムが働きにくくなるとされています

 

  この抑制メカニズムには、節前線維(VTAのDAニューロン)の神経終末部のD2 auto-receptorが関与します。

 

  この自己受容体に、tonicな活動で放出されたドーパミンが結合すると、phasicな活動で放出されるドーパミンが抑制されてしまうのです。

 

  また、tonicな活動で放出されるドーパミンの量を一定に保つために、  COMTと呼ばれる酵素が過剰なドーパミンを減らしてくれるのですが、遺伝的な問題でこの機能が低下している方もいます。

 

  そのような場合、慢性的にphasicな活動が起こりにくくなってしまうため、鎮痛作用が働きにくく、慢性痛に発展しやすいと考えられています。

 

*補足*

 ドーパミン神経細胞のtonicな活動には重要な役割があるとされています。それは、覚醒レベルの調整や記憶の定着などです。

 

(2)phasicな活動

f:id:gene_ptkh:20190727221303p:plain

  次にPhasicな活動についてです。報酬刺激が加わることで、VTAのDAニューロンは一過性に強く興奮します。

 

 これにより、大量のドーパミンが放出され、NAcの活動が高まります。

 

ーパミン神経細胞をコントロールする経路

f:id:gene_ptkh:20190728001639p:plain

VTA:腹側被蓋野、NAc:側坐核、mPFC:内側前頭前野、LHb:外側手綱核、LDT:背外側被蓋野、PPTg:脚橋被蓋核、RMTg:吻内側被蓋核、Hipp:海馬

 

 次に、VTAのDAニューロンの活動をコントロールしている経路について説明していきます。

 

(1)Tonic活動をコントロール

 ドーパミン神経細胞のtonicな活動は、海馬‐VTAループが関与しているのではないかと考えられています。

 

 このことから、前述したような、tonicな活動と記憶に関連性があることが理解できるのではないでしょうか。

 

(2)Phasicな活動をコントロール

 Phasicな活動は、報酬刺激を受けて興奮した、脳幹の背外側被蓋(LDT)脚橋被蓋核(PPTg)からの、グルタミン酸およびアセチルコリン作動性の入力によって引き起こされます。

 

 また、急性の痛み刺激も、LDTやPPTgを興奮させ、ドーパミン作動性の鎮痛システムを活性化させます。

 

 LDTやPPTgからの入力は、VTAの中のLateral VTA(lat VTA)で受けます。

 

 lat VTAからNAcのLateral Shell(lat shell)に向けてドーパミンが放出されることで、快情動や鎮痛作用が惹起されるのです。

 

(3)嫌悪刺激による抑制

 上述した、LDTやPPTgの興奮によってもたらされるVTA、NAcの興奮は、報酬刺激によってもたらされます。

 

 一方、不快感や抑うつなどの嫌悪刺激は、この報酬系にどのような作用をもたらすのでしょうか?

 

 嫌悪刺激は、外側手綱核(LHb)を興奮させます。そして、VTA内に存在するGABAニューロンを興奮させ、Medial VTA(med VTA)のDAニューロンの活動を抑制してしまいます。

 

 そして同時に、吻内側被蓋核(RMTg)に存在するGABAニューロンを興奮させ、lat VTAのDAニューロンにも抑制かけてしまいます。

 

痛のメカニズム

f:id:gene_ptkh:20190727221630p:plain

さて、いよいよ本題に入っていきます。

 

 序文で述べたように、報酬系によってもたらされる鎮痛作用は大きく2つあります。ここからは、それぞれの鎮痛メカニズムを説明していきたいと思います。

 

(1)下行性疼痛抑制系

 VTAからのDAニューロンは、側坐核(NAc)だけでなく、偏桃体(Amy)前帯状回(ACC)内側前頭前野(mPFC)といった領域にも投射します。

 

 さらに、ACCからは視床下部(HT)へも出力があります。

 

 AmyやACC、mPFC、そして、下行性疼痛抑制系の中枢である中脳水道灰白質(PAG)には、オピオイド受容体が存在しており、その発現量や活性化にドーパミンが直接的に相関するとされています

 

 つまり、報酬刺激や急性痛によって放出されたドーパミンが、オピオイド受容体を活性化することで、下行性疼痛抑制系の機能を高めてくれているのです。

 

 さらに、中脳腹側被蓋野 VTA→前帯状回 ACC→視床下部 HTと興奮が伝わることで、HTで内因性オピオイドである、β‐エンドルフィンが分泌され、下行性疼痛抑制系を駆動させます。

 

f:id:gene_ptkh:20190601211112p:plain

 

 これが、報酬系がもたらす鎮痛作用の1つです。

 

(2)側坐核と鎮痛

  側坐核(NAc)による鎮痛効果は、主にDR2と呼ばれるドーパミン受容体を介して行われると考えられています。

 

 また、NAcと前頭前野(特に内側前頭前野)の繋がりの強さで、急性痛から慢性痛に移行するかどうかを予測することができる可能性も示唆されています。

 

 さらに、抑うつや慢性痛などに曝されると、VTAからNAcへのドーパミンの放出が減少し(前述した、LHb→med VTA→NAcの経路)、さらなる抑うつや慢性痛につながると考えられています。 

 

 以上から、脳報酬系の活性化は、下行性疼痛抑制系の賦活することで、疼痛の「感覚的側面」を軽減するだけでなく、「情動・認知的側面」にも深く関与していると考えられます

 

 痛みに対するリハビリテーションの中では、課題指向型アプローチなどを通して、報酬系の活性化を狙うことも大切になってきます。

 

 ただ運動するだけでなく、それが報酬刺激となるように工夫してみてはいかがでしょうか。

 

<参考文献>

Chang PC, Pollema-Mays SL, et al. Role of nucleus accumben in neuropathic pain: Linked multi-scale evidence in the rat transitioning to neuropathic pain. Pain, 2014; 155 (6): 1128-1139.

Wanigasekera V, Lee M, et al. Baseline reward circuitry activity and trait reward responsiveness predict expression of opioid analgesia in healthy subjects. PNAS, 2012; 109 (43): 17705-17710.

仙場恵美子.生物心理社会モデルに基づく慢性痛の理解:脳報酬系に着目して.日本運動器疼痛学会誌,2016;8:168‐177.

若泉謙太.慢性痛の運動療法における脳内報酬ドパミン系ネットワークの重要性.日本運動器疼痛学会誌,2017;Ⅸ:286‐294.

市ノ瀬敏晴,山方恒宏.ドーパミンニューロンの自発活動と行動制御におけるその役割.比較生理生化学,2017;34(4):108‐115.