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中枢性感作症候群と中枢感作-概論-

回のテーマは中枢性感作症候群(Central sentivity syndrome:CSS)です。 

 

CSSについて報告したYunus (2008) の論文を中心に紹介していこうと思います。

また、CSSに関与するとされる疼痛の中枢性感作(Central Sensitization)についても、その概要に触れていこうと思います。

 

 

枢性感作症候群(CSS)とは

 

(1)定義

 

 まず、CSSの定義について、Yunus(文献1)の論文から引用します。

Central sentivity syndrome (CSS) comprise an overlapping and similar group of syndromes without structural pathology and are bound by common mechanism of central sensitization (CS) that involves hyperexcitement of the central neurons through various synaptic and neurotransmitter/ neurochemical activities.(Yunus, 2007)

 

 

 CSSは、

  • 器質的異常を伴わない、重複・類似した症候群のグループから構成される。
  • 様々なシナプス神経伝達物質/神経化学物質を介する中枢神経の過興奮と関与する中枢性感作(CS)と強く結びつく。

 とされています。

 

 つまり、CSと関連する/契機に持つ、器質的異常を伴わない種々の症候群のまとまりを表したものということができます。

 

 CSSを構成する疾患は多種多様ですが、その背景に共通する因子、つまりCSの存在があるとされています。

 

 CSSを構成する症候群には下記のものが含まれています。

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 近年の研究では、上述した「器質的異常が認められない症候群」だけでなく、変形性関節症子宮内膜症のような、器質的異常により、侵害受容性疼痛が生じる疾患群もCSSに含んでいる場合があります(文献2)。

 

 変形性膝関節症では、変性が認められる膝関節の痛覚過敏だけでなく、罹患関節から離れた部位でも侵害受容器の閾値が低下することが分かっています。

 

 また、子宮内膜症では、骨盤から離れた母指の背側骨間筋に痛覚過敏が認められると報告されています。

 

 このように、実際に炎症が起きている部位から離れた場所に痛覚過敏が生じる原因として、CSSの背景因子であるCSが存在していると考えられています。

 

(2)症状

 CSSでは以下のような症状が共通して認められます。

  

    これらの症状が引き起こされる理由は、CSSの背景因子であるCSのメカニズムを知ることで少しずつ理解できます。

 

 以下では、CS(中枢性感作)についてまとめていきたいと思います。

 

枢感作(CS)とは

 CSについて、国際疼痛学会(2011)では

正常あるいは閾値以下の求心性入力に対して示す、侵害受容ニューロンの亢進した反応性

  と定義しています。

 

 CSは、脊髄レベルでの神経可塑性変化と、脳レベルでの神経可塑性変化の2つに大別して考えていきます(下図のグレーで囲まれた部分)。

 

 

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    ざっくり言ってしまえば、脊髄後角以降の上行性伝導路の興奮性亢進と、下行性の疼痛抑制機能の低下が起こっている状態です。

 

脊髄レベルでの神経可塑性変化

(1)Wind up

  末梢神経への強い繰り返し刺激により、脊髄後角に存在する広作動域ニューロン(二次侵害受容ニューロンの1つ。非侵害刺激~侵害刺激まで幅広く反応する)の放電時間が長くなり、次第に放電数が増加(=疼痛が増悪)する現象です。

 

 臨床上でも、1度目の圧痛検査よりも2度目、3度目の方が強くなっていく現象を経験することがあります。また、ROM exでも同様で、同じ可動範囲であるにも関わらず、繰り返すごとに疼痛が強くなってしまうことがあります。

 

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(2)長期増強

  強く高頻度の刺激が加えられることで、シナプスにおける伝導効率が上昇し、それが持続する現象を指します。

 

 長期増強に関する研究では、記憶や学習に関わる海馬がよく用いられています。

 

 長期増強は、シナプス後細胞の細胞膜に存在している、受容体の活動性が亢進したり、受容体の数そのものが増加するために起きるとされています

 

 末梢の侵害受容器に刺激が加わることで、一次侵害受容ニューロンの1つであるC線維末端(中枢側、脊髄後角)からは、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸サブスタンスPカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)が放出されます。

 

 これらの神経伝達物質は、まず、脊髄後角の二次侵害受容ニューロンに存在するAMPA受容体ニューロキニン受容体(NK1)を活性化させます。そして、その活動は、普段活動が抑えられている(マグネシウムイオンによりブロックされている)NMDA受容体を活性化させてしまいます。

 

 NMDA受容体が活性化することで、次侵害受容ニューロンの細胞膜上に新たな受容体が発現・増加したり、普段活動していないサイレントシナプスが活性化され、2次侵害受容ニューロンの興奮性が高まります

 

 これが、脊髄における長期増強のメカニズムであると考えられています。

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(3)ミクログリアの活性化

 ミクログリアは脊髄後角に存在するグリア細胞(神経膠細胞:)の1つで、貪食作用とサイトカインであるBDNF(脳由来神経栄養因子)およびプロスタグランジンなどの放出作用をもちます。

 

 BDNFは脊髄後角におけるシナプスの伝導効率を高める作用があります。また、プロスタグランジンは、二次侵害受容ニューロンでのグルタミン酸(興奮性の神経伝達物質)の遊離を促進します。

 

 神経が損傷したり、炎症によって生じた炎症性サイトカインが、血流によって脊髄まで運ばれると、その場所ミクログリアが集積します(遊走作用)。

 

 この結果、脊髄後角がさまざまな反応を引き起こす場となってしまうため、長期間にわたって感作が持続することになってしまいます。

 

脳レベルでの神経可塑性変化

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 近年の技術の進歩により、脳の活動は客観的に捉えることができるようになっています。

 

 侵害刺激による疼痛の情報は、脊髄視床を通り脳に伝わりまが、この脊髄視床路には外側路内側路があります。

 

 外側路は主に視床を経由し体性感覚野に情報を伝える経路で、痛みの強さや局在を知覚させる経路になります。

 

 一方、内側路は視床から大脳辺縁系やPFCに投射される経路で、痛みによる情動反応や認知面の反応を引き起こす経路となります。

 

 中枢感作や慢性痛では、痛みの感覚的側面だけでなく、認知・情動面の問題が強くなることが分かっています。

 

 痛覚過敏の代表例である、複合性局所疼痛症候群(CRPS)では、S1、S2(二次体性感覚野)の萎縮や体性感覚受容野間の狭小化が報告されており、2点識別覚の低下が認められます。

 

 また、アロディニアを呈する症例では、IC、PFC、ACC、頭頂連合野、補足運動野などの活動亢進が認められることが分かっています。

 

 ここで紹介した変化はほんの一部です。中枢性感作に伴う脳の可塑性変化にはさまざまなものがあるため、本記事とは別に改めて書いていこうと思います。 

 

 中枢性感作に関わるその他の因子

 さて、下の図をご覧いただくと、上述してきた侵害刺激や神経損傷だけでなく、さまざまな因子が中枢感作に関与していることが分かると思います。

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  したがって、中枢感作が疑われる患者さんに対応する場合は、侵害刺激だけではなく、より広い視点で評価していくことが必要であることが理解できます。

 

 さらに重要なポイントは、中枢感作を引き起こすこれらの因子の多くが、CSSによって生じる症状と一致している点です。

 

    ここからは、中枢性感作を引き起こす主要な因子を見ていきたいと思います。

 

(1)遺伝的要因

 一般的に痛みは遺伝的要因によって調整されることが知られています。

 

 線維筋痛症患者では、圧痛閾値が低下しており、その特徴は線維筋痛症の有無にかかわらず、一親等内の縁者で同じように認められます。

 

 線維筋痛症だけでなく、そのほかのCSSに分類される症候群にも、遺伝子的な特徴があることから、CSSは多因子遺伝病であり、かつ環境からも重大な影響を受けるものであると言われています。

 

(2)自律神経障害

 CRPSに代表されるように、中枢性感作では交感神経の過活動が認められます。

 

 交感神経の過活動は、疼痛の広がりだけでなく、睡眠障害疲労といった症状を引き起こします

 

 この中枢性感作によってもたらされる自律神経障害は、CSSで見られる多くの症状を説明することができます。

 

(3)心理的要因/ストレス

 多くの研究で、CSSでは不安や抑うつ、ストレスといった心理学的な問題が認められることが報告されています。

 

 健康な人でも、不安が存在すると熱刺激に対して時間的加重(Wind up)が認められるという報告や、線維筋痛症患者の圧痛の強さが不安や抑うつと相関しているという報告があります。

 

 さらに、破局的思考により疼痛閾値が低下すること、脳の痛みに対する注意・情動に関連する領域が過活動することなどが明らかになっています。

 

 これらのことからも、心理的な要因が中枢性感作に関与している可能性は高いと言えます。

 

 また、子供の頃の心的外傷の経験なども、長期間にわたって神経系の可塑性変化を引き起こし、CSSを発症する素因になる可能性があることも分かっています。

 

(4)炎症・感染

 感染や障害によって引き起こされる炎症は、中枢性感作に関わる侵害受容性ニューロンの活動を亢進させます。

 

 このため、変形性関節症や関節リウマチなどの炎症性疾患を持つ患者さんは、中枢性感作が起きやすい状態であるといえます。

 

 しかし、Caumoら(2016、文献5)の報告では、同じ慢性疼痛であっても、器質的異常のない疾患線維筋痛症や筋筋膜性疼痛:Yunusの定義したCSSと、構造的な異常を認める疾患(変形性関節症)では、血液中のBDNFの濃度が異なるとしています。

 

 そして、このBDNFは、運動野の興奮抑制作用を阻害(興奮状態を維持する)したり、下行性疼痛抑制系の機能を低下させるとされています。

 

 したがって、同じ中枢性感作があったとしても、器質的異常のないCSSと器質的異常のある疾患では、その病態が異なっている可能性があります

 

(5)睡眠障害/その他

    睡眠障害も中枢性感作を引き起こす要因になるとされます。

 

    健常者を対象者にした研究で、睡眠が障害されることによって、多発性のtenderness point (圧刺激に対して過敏な点) が出現したことが報告されています。

 

   その他にも、化学物質や環境雑音が中枢性感作を引き起こすとされています。

 

    さて、このように様々な因子が中枢性感作やCSSに関与しています。

 

    そして、Yunusの論文で示されているように、この二つの間には二方向性の関係があると考えられます

 

    したがって、CSがCSSを生み、CSSがCSを増悪させるという悪循環を作り上げてしまうのです。このことが、治療を難航させる原因の1つになっていると考えられます。

 

 <文献>

(1)Muhammad B. Yunus . Fibromyalgia and overlapping disorders: The unifying concept of central sensitivity syndrome. Semin Arthritis Reum. 2008; 37: 339-352.

(2)Alicia Deitos, Jairo A. Dussan-Sarria, et al. Clinical value of serum neuroplasticity mediators in identifying the central sensitivity syndrome in patients with chronic pain with and without structural pathology. Clin J Pain. 2015; 31: 959-967.

(3)伊藤誠二.痛みの生化学 最近20年の進歩.生化学:89 (6):841-855.

(4)松原貴子、沖田実、盛岡周.ペインリハビリテーション.三輪書店,2011.

(5)Wolnei Caumo, Alicia Deitos et al. Motor cortex excitability and BDNF levels in chronic musculoskeletal according to structural pathology. Front Hum Neurosci. 2016; 10:1-15.