痛みを調節する仕組み~pain modulationのメカニズム~
痛みは、侵害刺激を受容するTransductionから始まり、Conduction(活動電位の伝導)、Transmission(シナプスでの神経伝達物質を介した伝達)という仕組みを通じて、末梢から脳まで伝わり、Perception(知覚)されます。
そして、この知覚された痛み感覚・痛み体験はmodulation(調節)という仕組みによって変化させられます。
今回は、生体に備わっているpain modulationの種類や、そのメカニズムについて概説していきたいと思います。
<アウトライン>
Pain modulation
末梢組織に加わった侵害刺激は上行性に伝わっていきますが、このmodulationは基本的に下行性に痛みを調節します。
一般的に、この調節機能は鎮痛作用を引き起こすメカニズムとして説明されますが、Heinricherら(2009)は、このmodulation機能は、痛みを強くする可能性もあると述べています。
例えば、疼痛の代表的な治療薬であるオピオイドの1つ、モルヒネを使用したラットの実験(Watanabe et al, 2014)では、容量を限定したモルヒネの使用は鎮痛効果を発揮するが、多量の使用により痛覚過敏を引き起こしたと報告されています。
この記事では、鎮痛作用に焦点を当ててまとめていきますが、このような両面性の特徴を持つ機能であることに留意が必要です。
今回紹介するmodulationは下記の通りです。
- 内因性オピオイド
- 下行性疼痛抑制系
- ドパミンシステム
- 内因性カンナビノイド
- 広汎性侵害抑制調節
内因性オピオイド
内因性オピオイドは、痛覚伝導路のさまざまな場所で特異的受容体(オピオイド受容体)と結合し、オピオイド(モルヒネなど)に類似した鎮痛作用を発揮する物質の総称です。
鎮痛作用を持つとされる内因性オピオイドは少なくとも10種類はあると報告されていますが、特に重要な働きを持つとされる内因性オピオイドとその受容体を下記の表にまとめます。
内因性オピオイドは脳内において、後述する下行性疼痛抑制系に関わる下行性ノルアドレナリン神経やセロトニン神経を賦活化させ、脊髄後角での痛覚情報伝達を抑制します。
また、大脳皮質や視床に直接作用することで、痛覚情報の伝達を抑制します。
さらに、一次侵害受容ニューロンの中枢終末からのグルタミン酸やサブスタンスP、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)の分泌を抑制したり(シナプス前抑制)、二次侵害受容ニューロンの活性化を抑制(シナプス後抑制)することでも鎮痛作用をもたらします。
このように、内因性オピオイドは、脊髄から脳という痛覚の中枢経路の様々な部位で作用するため、強い鎮痛効果を発揮すると考えられています。
そして、モルヒネのようなオピオイド鎮痛薬で認められる副作用がないことも知られています。
しかし、この内因性オピオイドによる抑制性modulation機能は、慢性腰痛患者で低下している可能性があることが報告されています(Martikanen et al, 2013)。
慢性的な疼痛が、オピオイド受容体を長時間に渡って活動させるため、受容体の発現低下(downregulation)が起こってしまうと考えられています。
以前の記事で紹介した「運動による疼痛抑制(Exercise-Induced Hypoalgesia:EIH
)」に、内因性オピオイドが関与している可能性が考えられていますが(否定的な研究結果もあり)、慢性痛患者ではこのEIHが起きにくいとされています。
その一つの理由として、上述したオピオイド受容体の発現低下が関与しているのではないかと考えています。
下行性疼痛抑制系
下行性疼痛抑制系の中心は中脳中心灰白質(PAG)です。
PAGは、痛み刺激を受容した脳の疼痛関連領域(Pain matrix:特に前帯状回や島皮質・偏桃体)から下行性の信号を受けて、ノルアドレナリンおよびセロトニン作動性の疼痛抑制系路を通じて、脊髄後角へ投射します。
ノルアドレナリン作動性のPAG-DLPT系は、病態時の鎮痛に働きます。
一方、セロトニン作動性のPAG-RVM系は、病態時に疼痛の増悪に関与するとする報告もあります。これは、慢性疼痛患者の脳機能異常が一因ではないかと考えられています(沖田ら、2019)
ドパミンシステム
快情動や意欲、学習の強化などに深く関与しているのが脳報酬系であり、ドパミン神経は脳報酬系の主要な経路です。
この脳報酬系はドパミンシステム(中脳辺縁系)と呼ばれています。
痛み刺激などが加わると、腹側被蓋野(VTA)ニューロンに活動電位が生じ、大量のドパミンが放出されます。
これにより、主に側坐核(NAc)でµオピオイド(βエンドルフィンやMetエンケファリン)が産生され、鎮痛効果を発揮するとされています。
このドパミンシステムのNAcが慢性腰痛患者で反応性低下を示すことが明らかにされています(Baliki et al, 2010)。
ドパミンシステムは、痛み刺激だけでなく、快情動などによっても賦活化されるため(脳報酬系と呼ばれる所以)、慢性疼痛患者において快情動を生じさせることは、可塑的変化を起こしたドパミンシステムを再び活性化させるために重要です。
この快情動を生み出す手段として、リハビリテーションで用いる一般的な方法が運動です。ドパミンシステムはEIHのメカニズムに関与していると考えられています。
運動によってドパミンシステムが活性化することで、鎮痛効果や快情動が生み出されます。その結果、運動に対するネガティブなイメージが刷新され、運動を継続していくためのアドヒアランスも高まっていく可能性があります。
内因性カンナビノイド
大麻に含まれる精神神経作用(高揚感、不安軽減、鎮痛、健康感など)を持つ物質を総称してカンナビノイドと呼びます。
この物質は生体内にも存在し、内因性カンナビノイド(eCB)と呼ばれています。代表的な物質はアナンダミドです。
eCBの受容体としてCB1とCB2が同定されており、eCBがこれらの受容体と結合することで、シナプスにおける神経伝達物質の分泌を抑制し(シナプス前抑制)、鎮痛効果を発揮するとされています。
CB1は主に中枢神経系で、CB2は末梢神経で発現しているとされています。
CB1は脳内の広い範囲で認められており、PAGを中心とした下行性疼痛抑制系や、脳報酬系であるドパミンシステムとの関連が指摘されています。
CB1が発現しないように調節されたラットでは、オピオイドによる報酬効果が発現しないことが報告されています。このことから、内因性オピオイドと内因性カンナビノイドの間には相互作用があると考えられています。
また、末梢神経を損傷したマウスでは、損傷した神経と対側の視床で、CB1受容体の発現増加(upregulation)が認められています。これは、神経障害性疼痛の抑制に内因性カンナビノイドが関与している可能性を示唆しています。
さらに、CB1は脊髄後角でも発現が認められています。前述したように、CB1受容体にeCBが結合することで、一次侵害受容ニューロンから二次侵害受容ニューロンへの情報伝達がシナプス前抑制され、鎮痛効果を発揮します。
一方、末梢神経に発現するCB2がeCBにより活性化されると、末梢での侵害刺激によって産生される炎症性サイトカインを抑制し、痛みや痛覚過敏(末梢感作:神経性炎症)を抑制する作用があります。
このように、内因性カンナビノイドは、生体内の広い範囲で作用し、上述してきたpain modulationと相互作用があることがから、重要な機能であることが分かります。
内因性カンナビノイドであるアナンダミドは、中等度の運動(ランニングやぺダリング)で血中濃度が増大すると報告されています(Sparling et al, 2003)。
また、筋の静的(等尺性)収縮でも、血中のアナンダミド濃度が増大し、CB2を活性化させる可能性があることが報告されています(Koltyn et al, 2014)。
内因性カンナビノイドは運動によって増加することから、EIHの主要なメカニズムの1つではないかと考えられています。
広汎性侵害抑制調節
広汎性侵害抑制調節(Diffuse Noxious Inhibitory Controls:DNIC)は、別の部位に加えた侵害刺激によって、当該部位の痛みが抑制されるというメカニズムです。
メカニズムの詳細は解明されていませんが、内因性オピオイドなどが関与している可能性が示唆されています。
また、動物実験レベルでは、他部位への侵害刺激によって、脊髄後角に存在する二次侵害受容ニューロンの1つ、広作動域(WDR)ニューロンの興奮性が広い範囲で抑制されることが証明されています。
疼痛の定量的評価法の1つで、抑制性modulationの機能を評価するConditioned pain modulation(CPM)では、このDNICメカニズムを評価していると考えられています。
CPMは、高齢・女性・破局的思考・抑うつ・睡眠不足などがある場合に反応が減少するとされています。
これらの症状をみてみると、以前紹介した中枢性感作症候群(Central sensitization syndrome:CSS)で認められる症状が含まれていることが分かります。
従って、CSS患者の痛覚過敏の一因として、DNIC機能の低下があるのではないかと考えられます。
ここまで、pain modulationに関わる生体内のメカニズムをまとめてきました。
一つ一つのシステムは別々に稼働しているわけではなく、互いに関連し合っている部分があります。このように、人の体には元来、痛みを抑制するためのシステムが備わっているのです。
慢性疼痛や術後急性痛などで、この抑制システムを十分に機能させるためにも、まずは仕組みから知っておく必要があります。
<文献>
(1)Heinricher MM, Tarares I, et al. Descending control of nociception: specificity, recrutment and plasticity. Brain Res. 2009; 60 (1): 214-225.
(2)Watanabe C. Mechanism of spinal pain transimission and its regulation. Yakigaku Zasshi, 2014; 134 (12): 1301-1307.
(3)Martikainen IK, Pecina M, et al. Alterations in endogeneous opioid functional measures in chronic back pain. J Neurosci, 2013; 33 (37): 14729-14737.
(4)Baliki MN, Geha PY, et al. Predicting value of pain and analgesia: nucleus accumbens respons to noxious stimuli changes in the presence of chronic pain. Neuron, 2010; 66: 149-160.
(5)山本経之.カンナビノイド受容体‐中枢神経系における役割.日薬理誌,2007;130:135‐140.
(6)Sparling PB, Giuffrida A, et al. Exercise activates the endocannabinoid system. Neuroreport, 2003; 14: 2209-2211.
(7)Koltyn KF, Brellenthin AG, et al. Mechanisms of exercise-induced hypoalgesia. J Pain, 2014; 15: 1294-1304.