リハきそ

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振動刺激と運動錯覚:メカニズム~臨床応用

動イメージや運動錯覚を用いた介入が注目されていますね。

筆者も大分乗り遅れてしまいましたが、この現象について調べてみました。

 

 腱に対する振動刺激により、実際は動いていないのに動いていると感じるものを運動錯覚(Kinesthetic illusion)と呼びます。

 

 脳血管障害後の麻痺手に対する、運動学習に応用することの有効性などが報告されていますが、整形外科領域でも術後の鎮痛作用や可動域の改善に利用できる可能性も報告されています。

 

 今回は、運動錯覚のメカニズムと整形外科領域での応用方法について検討していきたいと思います。

 

 <アウトライン>

 

動錯覚に関わる固有受容器

 

 運動錯覚は骨格筋の腱に、特定の周波数の振動刺激を加えることで、その骨格筋の作用とは反対方向に運動が起こっていると感じる固有受容感覚です。

 

 代表例でいえば、手首の伸筋(背屈筋)腱に振動刺激を加えることで、手首が屈曲(掌屈)しているように感じます。

 

 この振動刺激に反応する感覚器は筋紡錘とされています。教科書レベルでは、筋紡錘は筋に対する伸張刺激に反応し、同名筋の伸張反射を出現させることで、筋の長さを調整すると説明されています。

 

 しかし、筋紡錘は伸張刺激だけでなく、周波数80Hz付近の振動刺激に対しても神経活動を増加させます。これは、筋紡錘から中枢に向かう、求心性線維のⅠa線維が、周波数80Hz付近の振動刺激と調和した活動を示すことからも明らかにされています。

 

 そして、同じ振動刺激でも、一般的に、20Hz以下の低周波や180Hz以上の高周波では活動は弱くなります。

   

 運動錯覚を得るためには、筋ができるだけリラックスしている状態が望ましいとされています。緊張した状態の腱に振動刺激を与えると、刺激された筋が収縮する方向へ活動することが報告されています。

 これは、緊張した筋への振動刺激は、通常、筋が伸張されたときに生じる脊髄反射(伸張反射)と同様の経路をたどるためと考えられています。

 

 また、運動錯覚は、実際には関節運動は起きていないため、目で見る(視覚情報)ことにより感覚が弱くなるという特徴があります。したがって、この振動刺激による運動錯覚は閉眼条件で行うことが望ましいとされています。

 

動錯覚中の脳活動

 

 振動刺激による運動錯覚中には、第一次体性感覚野・脊髄小脳などの体性感覚関連領域に加えて、1次運動野、背側運動前野、補足運動野などの、随意運動で活動する脳の領域が活動することが報告されています。

  

 兒玉ら(文献1)は、振動刺激と自動運動で、感覚運動領野のµ波(感覚運動領野で認められるもので、実際の運動や運動イメージで減衰することが分かっている)の減衰に有意差を認めなかったと報告しています。

 さらに、同著者らは、振動刺激によるBrodmann Area (BA) 4(中心前回)とBA6(中頭前回)、および両側のBA 4の間に機能的連関(脳の領域間が有意に相関)がある可能性があることも報告しています。

 

 このことは、実際の運動が伴わない運動錯覚でも、運動野には筋紡錘からの運動感覚信号が投射されていることを示しています。

 

 また、運動錯覚中に活動する運動野の細胞は、刺激を受けている筋の拮抗筋、つまり運動が起こっていると感じる方向の主動作筋を支配する部分が興奮します。その結果、長時間振動刺激を加えることで、実際に主動作筋が活動することもあります。

 

 さらに、この運動野の興奮性は、運動錯覚の量が大きいほど興奮性も大きくなることが報告されています。

 

動錯覚の量

1)刺激の強さ

 

 では、実際に運動錯覚を引き起こすために最適な振動刺激の量はどの程度なのでしょうか?

 これについて調査した、本多ら(2014、文献2)を紹介していきます。

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 彼らの研究以前の報告をまとめた表です。各研究で設定値にバラつきがあります。この中でも、振動刺激の設定を明確に記述していたものは、Albertら(2006)の研究だけだったそうです。

 

 このことからも、臨床に応用していくためには、運動錯覚を引き起こすための最適な刺激量を明確にしておく必要があることが分かります。

 

 本多らは、運動錯覚量を以下のように定義しました。

 

 静的特性

  -錯覚の鮮明さ(強さ)

 ・動的特性

  -錯覚肢の運動特性(速度、角度、方向など)

  -錯覚の時間特性(潜時、持続時間など)

 

 そして、今回紹介する研究では、この静的特性に関する刺激量を調査しています。

 

 その結果、接触圧0.3Nのとき、50Hzと70Hzの振動刺激が錯覚を鮮明に誘発することが分かりました。一方、接触圧1.5Nの50~90Hz間で錯覚の鮮明さに差はありませんでした。そして、両者とも120Hzのときの錯覚がもっとも不鮮明であったとしています。

 

 接触圧が強くなることで、触覚や痛覚といった振動刺激とは異なる感覚の入力が強くなることが、錯覚量を低下させる原因となっている可能性があります。

 

2)刺激する部位

 

 先行研究では、振動刺激を用いて運動錯覚を惹起するために、拮抗筋の腱に刺激を加えています。

 

 しかし、運動錯覚を惹起させるための感覚器官である筋紡錘は、骨格筋を構成する錘内筋に存在します。したがって、腱よりも筋に直接的に刺激を加えたほうが、錯覚を惹起させやすいのではないか?このように考えることも可能です。

 

 池田ら(2018、文献7)は、健常成人男性の尺側手根屈筋の①腱・②筋腱移行部・③筋腹の3か所に振動刺激を加えました。

 *刺激の条件は押し込み圧0.3N、振動子の直径10mm、刺激15秒-休憩60秒

 

 その結果、②筋腱移行部への刺激が最も運動錯覚を惹起していたと報告しています。このことから、振動刺激を加える部位は、筋腱移行部が最も適切である可能性が示唆されます。しかし、その理由については明確にされていません。

 

 他部位でも同様の結果が得られるか、そして、なぜ筋腱移行部で最も惹起されるのか、今後の報告が待たれるところです。

 

 この報告をもとに、臨床場面では、エコーを使用し刺激する部位を明確にすることで、効果および再現性を高めることができるのではないかと考えています。

 

床応用に関する研究

 このように、実際の運動を伴わないにも関わらず、脳の運動野を活動させる運動錯覚は、リハビリテーション領域で活用していくことができます。

 

 ここでは、運動錯覚をどのように活用していくか、といった疑問に答えてくれる研究をいくつか挙げていこう思います。

 

1)橈骨遠位端骨折術後

 

 まず一つ目は、橈骨遠位端骨折患者に対して行った介入研究です(今井ら、2015.文献3)。

 

 橈骨遠位端骨折の術後患者に対し、術翌日より7日間、振動刺激による運動錯覚を与えました。

 刺激の強さは70Hz、安静10秒と振動刺激30秒を3セット繰り返すというプロトコルです。また、術部に直接刺激を加えないようにするために、非患肢に振動刺激を加えることで、非患肢の運動錯覚を引き起こし、それが患肢の運動錯覚を引き起こすという原理を利用しています。

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 介入の結果、コントロール群と比較して、術後7日・1か月後・2か月後の安静時痛・運動時痛・PCS(Pain Catastrophizing Scale)・HADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)、関節可動域で有意な改善を示していました。

 

 このことから、術後早期からの運動錯覚を用いた介入は、短・中期的な疼痛や可動域の改善に効果があることが示唆されます。

 

2)不動による脳機能の変化

 

 2つ目はRollら(2012、文献4)の報告です。固定や不動により、固定部位に関連する感覚-運動のネットワークが障害されることが分かっています。

 

 健常者の手関節を5日間ギプス固定し、固定期間中に振動刺激による運動錯覚を与えました。

 その結果、コントロール群は、感覚-運動のネットワークに変化生じていたのに対し、介入群ではネットワークが温存されていました。

 

 このことから、運動錯覚刺激により、不動による大脳皮質の変化を予防することができる可能性が示唆されます。

 

 以上の2つの報告から、整形外科領域においても、振動刺激による運動錯覚が有用である可能性が示唆されます。

 

 特に、骨折後のギプス固定期間や可動域練習が制限されている患者にとっては、有用な治療プランになり得ると考えられます。

 

動錯覚がもたらす鎮痛メカニズム

 

  最後に、運動錯覚がもたらす鎮痛メカニズムについて紹介していきます。

 

 運動に伴う痛みという情動体験は、負の情動として偏桃体や海馬といった、脳の記憶を司どる大脳辺系を経由します。その結果、運動と痛みが強く結びついてしまいます。

 

 しかし、振動刺激を用いた運動錯覚では、そのような記憶とは関係なく、運動知覚を惹起することができます。

 

 さらに、運動錯覚は1次運動野を活動させることが報告されています。この一次運動野の活動は帯状回を活性化させ、中脳中心灰白質を活動させます(文献5)。

 

 中脳中心灰白質は延髄の大縫線核を経由して、脊髄後角の侵害受容ニューロンの興奮を抑制する、下行性疼痛抑制(内因性オピオイドシステム)を引き起こします。

 

 以上から、振動刺激による運動錯覚は、運動に伴う痛みの記憶を呼び起こすことなく、運動知覚を引き起こし、さらには下行性疼痛抑止システムを発動することができると考えられます。

 

 しかし、運動錯覚による鎮痛メカニズムについては、まだまだ解明されていないことが多いです。今後も新たな情報が得られ次第更新していきたいと思います。

 

 

 

 今回は、運動錯覚のメカニズムや、臨床応用に向けての科学的な知見を紹介しました。僕自身も、臨床の現場で利用していきたいと思います。

 

 <文献>

(1)兒玉隆之、中野英樹 他.: 振動刺激による運動錯覚時の脳内神経活動および機能的連関. 理学療法学. 2014;41 (2). 43-51.

(2)本多正計、唐川裕之 他.: 振動刺激条件の相違が運動錯覚の誘発と知覚量に及ぼす影響. The Virtual Reality Society of Japan. 2014; 19 (4). 457-466.

(3)今井亮太、大住倫弘 他.: 橈骨遠位端骨折術後患者に対する腱振動刺激による運動錯覚が急性疼痛に与える効果 ‐手術翌日からの早期介入‐ . 理学療法学. 2015; 42 (1): 1-7.

(4)Roll R Kavounoudias, A Albert F et al.: Illusory movements prevent cortical disruption caused by immobilization. Neuroimage. 2012; 62: 510-519.

(5)Garcia-Larrea L, Peyron R.: Motor cortex stimulation for neuropathic pain: From phenomenology to mechanisms. Neuroimage. 2007; 37(Suppl 1): S7 1-9.

(6)太田順、内藤栄一、芳賀信彦 編. 身体性システムとリハビリテーションの科学 1 運動制御. 東京大学出版会. 2018: p57-64.

(7)池田慧、小林啓 他.: 屈曲方向の運動錯覚惹起のために振動刺激を印加する手首の伸筋腱の選定. 第23回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集. 2018: 11A-6.