リハきそ

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鎮痛剤の種類と作用機序

形外科疾患で最も多い症状は「痛み」でしょう。 

 

 理学療法が処方される前から何らかの鎮痛剤を処方されている方がほとんどだと思います。

 

 したがって、理学療法士は、鎮痛剤の種類、作用機序、効果が続く時間、副作用などなど薬剤に関する知識をしっかりと身に着けておく必要があります。

 

 実際、患者さんが今使用している鎮痛剤の効果があるかないかが分かるだけでも、疼痛のメカニズムを考えていく上で有益な情報になります。

 

 また、鎮痛剤を上手に利用することで、理学療法時の疼痛を軽減させることができ、効果的な治療を提供することができるようになります。

<アウトライン>

 

痛薬の種類

 

 

 よく処方される鎮痛薬は

 などが挙げられます。成分やよく処方されている商品名をまとめたものが以下の表です(文献3)

 

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 ここからは、分類別に詳しくみていこうと思います。

 

ステロイド性抗炎症薬 NSAIDs

 日常的によく使われているNSAIDs。その名の通り、組織損傷などに伴う炎症性の疼痛に効果がある薬です。

 

 抗炎症薬の作用機序を知るためには、まず炎症によって出現する発痛物質がどのような過程を経て産生されるのか理解しておく必要があります。

 

(1)アラキドン酸カスケード 

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  組織損傷により炎症が起こると、細胞内でカルシウムイオンの濃度が高くなります。これにより、ホスフォリパーゼA2(PLA2)と呼ばれる酵素が活性化します。

 

 PLA2の触媒効果により、細胞膜のリン脂質からアラキドン酸が産生されます。ここにシクロオキシナーゼ(cyclooxygenase;COX)という酵素が作用すると、プロスタグランジン(PG)が生成されます。

 

 一方、組織損傷により起こった出血に対し、血液凝固作用が働きます。この時、高分子キニノーゲンと呼ばれる物質が産生され、そこから炎症性発痛物質の代表格であるブラジキニン(BK)が産出されます。

 

 さきほどのアラキドン酸カスケードで生成されたPGの存在下では、BKによる発痛作用が増強されてしまうのです。

 

(2)NSAIDsの作用

 

 使用頻度の高いロキソプロフェンナトリウム水和物(商品名:ロキソニンなど)は、アラキドン酸カスケードにおけるCOX-2の活性を阻害することで、PGの産生を抑制します。

 

 これにより、鎮痛効果を発揮しているわけです。しかし、発痛物質の大本であるBKの産生を抑制することはありません。

 

 また、BK以外にもセロトニン(血小板由来)ヒスタミン(肥満細胞由来)といった侵害受容器を刺激する炎症メディエーターに対してもNSAIDsは作用しないため、完全な除痛を得ることは叶いません。

 

 ロキソニンの副作用として胃腸障害が挙げられていますね。この理由としては、COX-1と呼ばれる、COXのサブタイプの作用も併せて抑制されてしまうためです。

 

 COX-1は胃腸や腎臓、血小板などで常時働き、これらの組織保護に一役買っています

 

 このように、ロキソニンはCOXをまとめて抑制してしまいます。そこで登場したのが、セレコキシブ(商品名:セレコックス)やメロキシカム(商品名:モービック)と呼ばれる、COX-2特異的阻害薬です。

 

 その名の通り、これらの鎮痛剤はアラキドン酸カスケードで作用するCOX-2を選択的に抑制するため、副作用が少ないとされています。

 

 そのほかのNSAIDsとして、ジクロフェナクナトリウム(商品名:ボルタレンなど)やインドメタシン(商品名:イドメシン、インテバンなど)が挙げられます。

 

 これらの鎮痛剤は、PGを産生するアラキドン酸カスケードとは別経路で生成されるロイコトリエンの作用を抑制します。

 

 ロイコトリエンは、気管支を収縮させ気管支喘息を引き起こしたり、白血球の遊走作用(損傷部位に移動すること)を強化し、炎症を惹起させます。

 

 以上で見てきたように、NSAIDsと分類される鎮痛剤でも、その作用機序は異なります。

 

テロイド性抗炎症薬

 副腎皮質ホルモンである、糖質コルチコイド鉱質コルチコイドと同じような作用をもつ人工的な化合物です。

 

 ステロイド抗炎症薬は、NSAIDsとは異なり、アラキドン酸カスケードの中のホスフォリパーゼA2(PLA2)の活性を抑制することで、プロスタグランジン(PG)の産生を抑えます。

 

 さらに、好中球やマクロファージの活性を抑えることで、炎症性サイトカイン(免疫系や炎症の調整に関わる、細胞間情報伝達で重要な役割を果たすたんぱく質の産生を抑制します。

 

 これらの作用により、高い鎮痛効果を発揮します。

 

セトアミノフェン

 アセトアミノフェンは鎮痛効果を持ちますが、前述したNSAIDsやステロイド抗炎症薬のような、抗炎症作用は持ちません。

 

 では、アセトアミノフェンが持つ鎮痛効果のメカニズムはどのようなものか。

  • 中枢神経系でのCOXの活性抑制
  • 中枢神経系における一酸化窒素合成酵素(NOS)の活性抑制
  • 内因性カンナビノイド受容体の活性
  • セロトニン作動性下行性疼痛抑制系の賦活

 などが考えられています。

 

(1)一酸化窒素合成酵素 NOS

 NOS(Nitric Oxide Svnthase)は、一酸化窒素(NO)を産生するために働く酵素です。これによって産生されたNOは、神経障害性疼痛の原因となると考えられています

 

(2)内因性カンナビノイド

 内因性カンナビノイドがその受容体と結合することで、シナプス前抑制が起こり、脊髄での二次侵害受容ニューロンへの情報伝達が抑制されることが分かっています。

 

 神経障害性疼痛や、炎症に起因した疼痛にも効果が認められています。アセトアミノフェンは内因性カンナビノイドの受容体を活性化させることで、鎮痛効果を発揮しているのではないかと考えられています。

 

(3)セロトニン作動性下行性疼痛抑制系

 下行性疼痛抑制系の中心は中脳中心灰白質(PAG)にあります。上位脳からの疼痛情報が伝達されると、PAGから①橋の背外側被蓋(DLPT)や②延髄の吻側延髄腹内側部(RVM)という経路を通り、脊髄後角に投射され鎮痛機能が働きます。

 

 セロトニンはこのPAG-RVM系を作動させ、鎮痛作用をもたらします。

 

 このように、アセトアミノフェンは中枢レベルでの鎮痛効果があると考えられていますが、その作用機序は完全には解明されていません。

 

 アセトアミノフェンを使用するうえで注意が必要な副作用として、肝機能障害が挙げられています。

 

てんかん薬、抗うつ薬

(1)抗てんかん

 プレガバリン(商品名:リリカ)と同じように、神経障害性疼痛片頭痛に対する鎮痛薬として有効とされています。

 

 その作用機序には以下のものが挙げられます。

 神経のシナプスには電位依存性のカルシウムイオンチャネルが存在します。抗てんかん薬は、このリガンド(特定の受容体に結合する特異的な物質)として結合することで、神経細胞内へのカルシウムイオンの流入を防ぎます。

 

 これにより、神経伝達物質であるグルタミン酸などの放出を抑制し、疼痛信号が伝わることを防ぎます

 

 そして、抗てんかん薬には、神経の興奮系(グルタミン酸系)の抑制と抑制系(GABA系)の賦活させる作用もあり、これにより疼痛信号を弱めることが可能になります。

 

(2)抗うつ薬

 抗うつ薬は、三環系抗うつ薬セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)といった種類があります。

 

 鎮痛効果を持つ薬はSSRISNRIで、セロトニンノルアドレナリンの再取り込みを阻害(=セロトニンノルアドレナリンの作用が延長)することで、下行性疼痛抑制系を賦活し、鎮痛効果を発揮します。

 

ピオイド鎮痛薬

 オピオイドは医療麻薬とその類似物質に分けられます。

 

 作用機序は、エンドルフィンによる作用と類似していて、中枢神経系のオピオイド受容体に作用することで強い鎮痛効果を発揮します。

 

 また、オピオイド神経伝達物質の放出を抑制したり、神経細胞自体の活動を抑制する作用ももっています。そのため、上行性の痛覚情報伝達を広い範囲で抑制することができます。

 

 さらに、中脳の中心灰白質(PAG)や延髄の吻側延髄腹内側部(RVM)に存在するオピオイド受容体を活性化させることで、直接下降性疼痛抑制系を賦活する作用も持ちます。

 

 強い鎮痛効果がある反面、悪心・嘔吐、鎮静作用、便秘・下痢などの胃腸障害や身体依存性といった副作用を持つため、適用は限られています。

 

 さて、今回は鎮痛剤の種類とその作用についてまとめさせて頂きました。詳細な作用機序等、まだまだ情報としては不足している点もあると思います。今後も随時更新していこうと思います。

 

 少しでもみなさまのお役に立てれば幸いです。

 

<文献>

 

(1)Gray A. Shankman .整形外科的理学療法 -基礎と実践- 原著第2版.医歯薬出版株式会社,2011.

(2)Michelle H. Cameron.EBM物理療法 原著第4版.医歯薬出版株式会社,2015.

(3)沖田実,松原貴子.ペインリハビリテーション 入門.三輪書店,2019.

 

腰痛の隠れた原因-殿皮神経障害-

 

しぶりの投稿になります。今回は腰痛の原因として、近年注目されている殿皮神経障害についてまとめていきたいと思います。

 

<アウトライン>

 

殿皮神経障害とは

 

 

 殿皮神経障害は、上殿皮神経(Superior Cluneal Nerve;SCN)と中殿皮神経(Middle Cluneal Nerve;MCN)の絞扼性神経障害を指します。

 

 このふたつの神経は解剖学的に絞扼されやすい状態にあります。一方、同じ殿皮神経に分類される下殿皮神経(Inferior Cluneal Nerve)の障害はまれだとされています。

 

 殿皮神経障害は、MRIなどの画像所見から発見することが出来ません。また、椎間板症、椎間板ヘルニア、椎間孔狭窄や変性辷りといった、一般的な腰椎疾患と比較して認知度も低いため、過小診断されることが非常に多い疾患です。

 

 さらに診断を困難にしている原因は、この殿皮神経障害の症状が、一般的な腰椎疾患の症状と似ていることが挙げられます。

 

 今回の記事では、殿皮神経の解剖から症状・診断法に関する知見を紹介していきます。今後の腰痛患者さんへの対応時に少しでも役立てれば幸いです。

 

殿皮神経の解剖

 

 ここでは、SCNとMCNの解剖を詳しくみていきます。

 

(1)上殿皮神経(SCN)

 

 SCNは胸髄 T11~腰髄 L5の後根神経の皮枝から始まります。腰背部を下外側へ走行し、腸骨稜の後内側部で胸腰筋膜を貫通(osteofibrous tunnel)し、殿部へ至ります。

 

 SCNは平均4~6本あると報告されています。その中でも特に内側枝(体幹正中から3~4cm内側)がosteofibrous tunnelで絞扼されやすいとされています(文献1)。この部位は、L3~5から発生し、腸骨稜に比較的密に筋膜が付着している部位とされています。

 

 一方、中間枝や外側枝(体幹正中から7cm以上離れる)は、腸骨稜よりも上方の筋膜を貫通するため、内側枝よりも絞扼を受けにくいとされています。

 

 ただし、osteofibrous tunnelを通過する線維は、内側線維が39%、中間線維が28%、外側線維が13%と、すべての分枝が通過する可能性があることも報告されています(文献2)。

 

 したがって、後述するように、どの部位に圧痛点があるか(正中からどれだけ離れているか)確認することが大切です。

 

(2)中殿皮神経(MCN)

 

 MCNはS1~S4から発生し、椎間孔へ出た後、分枝・吻合しながら殿部皮下組織へ走行していきます。

 

 この走行経路の途中で、約84%の枝は後長仙腸靭帯(Long Posterior Sacroiliac Ligament;LPSL)の背側を通過しますが、残りの16%はLPSLを貫通することが報告されています(文献3)。

 

 この、LPSLを貫通する部位が絞扼性障害を引き起こしやすい部位であると考えられています。

 

 

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 SCNの絞扼による腰痛患者は14%にも及ぶ可能性があるとも報告されています。また、日本において、両側性障害となっている可能性は、20%~30%との報告があります(文献4)。

 

 性差は女性が55~63%とやや高いとされています。これは、男性よりも骨盤が広いことや、出産による影響などが考えられますが、具体的な理由は明らかになっていません。

 

 罹患患者の平均年齢は55~68歳と中高年者に多く、若年例の場合は兵士やアスリートである場合が報告されています。

 

 MCNの絞扼については、詳細な報告がありませんが、おおむねSCNと同様であると考えられています。

 

床症状と診断

 

 殿皮神経障害による疼痛は、背臥位などでの直接的な圧迫以外では、筋膜・靭帯による絞扼や滑走時の摩擦が原因として考えられます。

 

 例えば、前屈時に疼痛が誘発される場合・・・

 

  • 頸椎を屈曲:胸腰筋膜が緊張し疼痛増悪
  • 反対側への回旋:増悪
  • 長時間の座位やしゃがみ作業:増悪
  • 障害側股関節を伸展(後ろに引いて)前屈:軽減

 

 といったように、障害されている神経にかかるストレスを考慮することで、原因を追究していくことが可能です。

 

 上殿皮神経障害による症状は、特に腰椎の伸展、屈曲、回旋や長時間の立位・歩行などさまざまな場面で誘発されます。

 

 47~84%で下肢痛が認められるなど、一見すると、腰部脊柱管狭窄症のような腰椎疾患に起因する神経根障害(radiculopathy)のような症状(下肢痛・しびれ・間欠性跛行)を呈することがあります。

 

 しかし、腰部脊柱管狭窄症による間欠性跛行と異なる点は、歩行開始時から疼痛を訴えることがある点です。

 大殿筋歩行のように、殿筋群にかかる負荷量を下げるような歩容が観察されることが多く、無理に修正し殿筋群の活動が高まることで疼痛が増悪する可能性があります。

 

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 一方、中殿皮神経の場合は、短時間の立位でも誘発され、また、腰椎の屈曲や回旋、長時間の座位や歩行でも誘発されます。82%の患者で下肢痛が出現することも報告されています(文献4)

 

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(1)外科的治療

 

 殿皮神経障害に対する治療法としては、絞扼部位へのブロック注射や絞扼部位をリリースする手術療法が挙げられます。

 

 ブロック注射等の保存療法に治療抵抗性を示す場合は、外科的手術が検討されます。

 

(2)理学療法による保存療法

 

 基本的な考え方としては、神経障害性疼痛に対する治療として考えます。

  • カニカルインターフェース(絞扼している組織)への介入
  • 神経自体への介入
  • 運動療法
  • 生活指導

 などが挙げられます。

 

 SCNについては、胸腰筋膜および殿筋膜の滑走性の低下や過緊張の改善が必要となります。このようなメカニカルインターフェースへの介入を行ったのちに、殿皮神経自体の滑走を改善させていきます。

 

 末梢神経感作が強く疑われる場合は、当該分節へのLateral Glideも効果がある可能性があります。

 

 症状が緩和してきた後は、胸腰筋膜の過緊張を抑制するような動作を獲得できるように指導していく必要があります。

 

 また、理学療法士による直接的な介入だけでなく、絞扼を強めないような姿勢や動作を日常生活で行ってもらうような指導も必要になると考えられます。

 

 

<文献>

(1)Kuniya H, Aota Y, et al. Prospective study of superior cluneal nerve disorder as a potential cause of low back pain and leg symptoms. J Orthop Surg Res. 2016; 9: 139.

(2)Kuniya H, Aota Y et al. Anatomical study of superior cluneal nerve entrapment, J Neurosurg Spine. 2013; 19: 76-80.

(3)Konno T, Aota Y et al. Anatomical study of middle cluneal nerve entrapment. J Pain Res. 2017; 10: 1431-1435.

(4)Toyohiko I, Kyongsong K et al. Superior and middle cluneal nerve entrapment as a cause of low back pain. Neurospine. 2018; 15 (1): 25-32. 

末梢神経損傷の基礎 損傷機序〜回復過程

て、タイトルの通り、今回は末梢神経損傷について成書を中心にまとめていきたいと思います。

 

末梢神経の構造・機能、損傷の病態、回復過程について、しっかりと押さえておきたい事項を書いていきます。

 

 <アウトライン>

  

梢神経とは

 

 末梢神経は、中枢神経からの命令を末梢の組織(骨格筋など)に伝え、また、末梢の感覚器からの情報を中枢神経に伝達する役割を担っています。

 

(1)末梢神経の構造

 有髄線維と無髄線維といった神経線維の集合体を神経内膜が包んでいます。この神経線維の束には、運動神経・感覚神経・自律神経が混在しています。

 神経線維の太さはさまざまで、太い神経線維ほど、阻血や圧迫により障害されやすいとされています(文献2)。

 

 この神経内膜に包まれた神経線維の束は、強い結合組織からなる神経周膜によって包まれています。この神経周膜は、神経線維の保護と内圧調整といった重要な役割を担っています

 

 そして、神経周膜で包まれた神経束神経上膜によって包まれます。このようにして形成された神経束の隙間は、脂肪組織や血管で埋められています。

 

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(2)末梢神経の血流

 他の組織と同様に、末梢神経も、神経の伝導を維持するために豊富な血液による栄養供給を受けています。

 

 このため、損傷した神経では炎症反応が起こります。炎症により血管透過性が増加すると上述した結合組織の膜(神経上膜・周膜・内膜)の中で腫脹・浮腫が生じます。その結果、神経線維の圧迫が起こり、伝導障害が生じる可能性があります。

 

梢神経の機械的特性

 末梢神経は、緊張滑走という2つの性質を利用して、外部からの物理的ストレスに対応しています。

 

 神経が接触する筋や骨などの生体内の組織や物質はカニカルインターフェースと呼ばれます。

 例えば、手根管は正中神経、椎間孔は脊髄神経根のメカニカルインターフェースとなります。また、筋でいえば、梨状筋は坐骨神経のメカニカルインターフェースとなります。

 

 神経は運動に合わせて、これらのメカニカルインターフェースの上を滑走することになります。したがって、これらの構造になんらかの障害が起こることで、神経は容易に圧迫されたり、滑走不全が起こったりします。

 

 また、神経線維自体やそれを包む膜構造は伸張性を有しているため、神経は伸ばされる力にも対応することができます(緊張)。

 

 一般的に、運動の初期では滑走による適応が、最終域では伸張による適応が起こるとされています

 

 さて、それでは神経障害を引き起こすようなストレスについて考えていきましょう。

 

 まず分かりやすいストレスが圧迫です。局所的な圧迫ストレスは、直接神経にストレスを与えるだけでなく、神経の直径を減少させてしまい、神経内圧の上昇や血流障害を引き起こします

 

 神経では40mmHg程度の比較的軽度な圧迫ストレスでも血流障害が起こる可能性があるとされています(文献3;対象は兎の脛骨神経)。しかし、2時間圧迫を続けたとしても、圧迫解除後にはすぐに血流が回復する能力も備えています。

 

 したがって、通常の運動や長時間の同一姿勢、筋の反復的な収縮でも、神経に障害を及ぼす可能性があるため注意が必要です。

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 次に伸張ストレスです。ゴム紐などを想像していただければ分かりやすいと思いますが、強い引っ張り応力が加わると、その直径も減少してしまいます。すると、圧迫ストレス同様、神経内圧の上昇や血流障害が引き起こされることになってしまいます。

 

 神経の断裂は、静止長の20%以上の伸張で起こり、15%程度の伸張で血流障害が起こるとされています(文献4)。

 

 したがって、神経に対して伸張ストレスを加えていくときは十分な注意が必要になります。

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梢神経障害の原因

 

 末梢神経障害の原因には下記のようなものがあります(文献2)。

  • 中毒性:金属(鉛、水銀など)、有機物(一酸化炭素など)、薬物
  • 物理的要因:圧迫、絞扼、火傷、放射線
  • 欠乏状態や代謝異常脚気、糖尿病など
  • 血管性疾患:結節性多発血管炎、動脈硬化など
  • その他

 

 特に、理学療法士が現場で対応することが多い神経障害の原因は、物理的要因によるものが多いと考えられますので、ここの部分を詳しくみていきましょう。

 

 神経障害に関わる物理的な要因として、さきほど紹介した圧迫と牽引(伸張)が代表例として挙げられます。

 

(1)圧迫性(絞扼性)神経障害

 まず、解剖学的(メカニカルインターフェースにより)に圧迫を受けやすい末梢神経の代表例を押さえておきましょう。

  • 総腓骨神経ー腓骨頭後方
  • 橈骨神経ー上腕骨の橈骨神経溝、回外筋腱弓
  • 正中神経ー手根骨アーチの軟部組織
  • 尺骨神経ーGuyon管、肘部管
  • 大腿外側皮神経ー鼡径靭帯

 こられの神経は、軟部組織や骨に囲まれた部位(メカニカルインターフェース)を走行するため、神経の動きが制限され、圧迫を受けやすくなっています。

 

 さらに、脊髄から出る神経根のなかには、神経上膜や神経周膜を持たないものもあり、他の末梢神経よりも損傷を受けやすいと言われています(文献1)。

 

 では、末梢神経は圧迫を受けるとどのような反応を示すのでしょうか?

 

 まず、圧迫により、神経内の血管が障害されます。これにより、局所的な虚血が生じ、循環不全に陥った神経内は低酸素・低栄養の状態となります。

 

 また、圧迫により血管の透過性が亢進することで、神経内に浮腫・腫脹が生じ、さらに圧迫を強めることになります。

 このような浮腫や腫脹は、神経内への線維芽細胞の侵入を許してしまします。その結果、瘢痕化が起こり、神経の滑走不全のが起こります

 

 滑走不全の結果、滑走時の周囲との摩擦ストレスが増大し、さらなる障害が生じることで、浮腫が増悪していきます(悪循環ですね)。

 

 さらに、圧迫により神経線維は変形も起こります。

 

 局所性の虚血、浮腫、神経線維の変形により、神経線維は機能不全に陥ってしまいます。

 

(2)牽引性(伸張性)神経障害

 牽引性神経障害の代表例は、腕神経叢の引き抜き損傷でしょう。原因としては、交通事故や分娩麻痺、手術中の肢位などが挙げられます。

 

 また、長期間固定後のROM exでも注意が必要です。固定期間中に、神経組織の柔軟性が低下したり、滑走性が低下している可能性があります

 この状態で強いROM exを行うことで、牽引性の神経障害を引き起こしてしまう可能性があります。

 

梢神経障害の重症度

 末梢神経損傷の分類には、一般的に以下の2つが用いられます。

  • Seddon分類:1本の神経線維に着目。重症度を3段階に分類。
  • Sunderland分類:1本の神経管と神経束や周囲の膜の損傷の程度を5段階に分類。

 それぞれの分類はオーバーラップしているところもあります。

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(1)Ⅰ度損傷

 Ⅰ度損傷(Neuropraxia;ニューロプラキシア)は、神経管の外部からの圧迫が原因となり、伝導障害が起こします。軸索の連続性は保たれているため、圧迫因子が取り除かれれば数日~数週(12週間以内)に回復するのが一般的です。

 

 神経の損傷は、運動神経の方が感覚神経よりも起こりやすいとされています(文献1)。そのため、運動>固有感覚>触覚>温覚>痛覚の順に障害され、回復はその逆をたどります

 

 臨床上でも、脊柱の疾患の場合、運動麻痺(下垂足など)があっても、感覚は残存していることが多く経験されます。また、術後の回復も痛覚、感覚が徐々に回復していき、筋力低下は最後まで残存していることが多いです。

 

(2)Ⅱ度損傷

 Ⅱ度損傷は、軸索断裂(axonotomesis;アクソノトメーシス)に該当します。この段階では、軸索は断裂していますが、神経結合組織(神経上膜・周膜・内膜)は連続性が維持されています。

 

 軸索はWaller(ワーラー)変性(断端遠位部の軸索は腫大し、その後、萎縮しながら消失する)が起こり、Tinel徴候が認められます。正常な回復過程をたどれば、Tinel徴候は0.5~2.0mm/日 の速度で遠位に進行していきます。

 

 Ⅱ度損傷の場合は、運動機能、感覚機能とも正常な回復が見込まれます。しかし、Tinel徴候の進行が遅い場合などは、手術の適応となる場合もあります。

 

(3)Ⅲ度損傷

 軸索断裂に加えて、神経内膜の損傷が起こった状態です。神経内膜は、神経線維を支持する組織であり、この組織が破綻することで、神経束内の線維化(瘢痕化)が起こってしまいます。

 

 この線維化は軸索の再生を妨害してしまうため、完全な回復は見込めません

 

(4)Ⅳ度損傷

 軸索、神経内膜、神経周膜が断裂した状態で、神経上膜によってのみ連続性が保たれています。

 断端の間には瘢痕組織が存在しているため、自然回復はまず見込めません。神経縫合を行っても回復は不完全となることが多い損傷です。

 

(5)Ⅴ度損傷

 Ⅴ度損傷は神経断裂(neurotomesis;ニューロトメーシス)と同様の定義で、神経上膜まで断裂し、神経管が完全に断裂した状態です。

 

 自然回復は見込めず、神経移植術や縫合術が適応となります。再生の過程で、神経過誤支配(一部の再生軸索がもとの効果器や受容器とは別の標的器官に接着すること)が起きる可能性が高いです。

 

 

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梢神経の回復過程

(1)末梢神経の回復過程

 神経が損傷されると、逆行性の軸索輸送が途絶するため、骨格筋などの効果器で産生されている神経栄養因子(NGF:神経成長因子、BDNF:脳由来神経栄養因子)などが神経細胞に届けられなくなります。

 

 神経栄養因子の供給停止が引き金となり、損傷部の近位端でp75と呼ばれる、神経栄養因子の受容体が発現します。

 

 p75は損傷部位周辺で生成された神経栄養因子を受け取り、逆行性の軸索輸送にて神経細胞まで届けます。

 

 この仕組みにより、神経損傷後も神経細胞の壊死を抑制することができます

 

 次に、損傷部位の遠位軸索はワーラー変性を起こし消失します。これに合わせて、髄鞘も分断化します。

 

 分断化された髄鞘を構成するシュワン細胞は、次第に集まり、ビュングナー帯と呼ばれる神経再生のための足場を作り出します(ちょうど花道のような感じです)。

 

 損傷した軸索の遠位断端が、このビュングナー帯を探し当てることで、ようやく神経の再生が始まります。

 

 ビュングナー帯からは、再生神経のために神経栄養因子が供給され、さらにもともと繋がっていた効果器まで神経の伸長を誘導してくれます。

 

 再生した軸索が効果器に接続すると、再ミエリン化し再生が完了します。

 

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(2)脱神経筋の回復過程

 末梢神経の損傷により、その効果器である骨格筋は大きな影響を受けます。

 

 末梢神経は損傷してから、ワーラー変性が始まるまでに期間があります。しかし、損傷の影響により伝導障害が起こり、随意運動で活動できる運動単位の数が減少してしまいます(運動単位の脱落)。

 

 この運動単位の脱落は徐々に進行していき、神経からの伝導が完全にブロックされてしまった筋線維は萎縮していきます(Denervation:脱神経)。筋の萎縮により、筋線維重量は脱神経から最初の1か月で30%、2か月で60%も減少するとされています(文献1)。

 

 脱神経筋は膜電位が不安定になることが知られています。このため脱神経筋では、個々の筋線維が自発的に発火をしてしまい、無随意収縮や筋線維攣縮を認めるようになります(文献5)。

 

 末梢神経障害を持つ患者さんでは、「攣りやすい」「ピクピク動くことがある」といった訴えを聞くことがあります。

 

 脱神経により萎縮した筋には、結合組織や脂肪組織が浸潤し変性が起こります。

 

 手根管症候群の患者さんを対象に、脱神経筋のエコー像を評価した研究では、重症度が高いほど、筋内のエコー強度は強くなり、また不均一性も大きくなっていたことが報告されています(文献6)。

 

 脱神経後、上述したように損傷した軸索の遠位端は、ビュングナー帯と結びつき神経の再生が開始されます。

 

 この間、効果器である骨格筋へは、神経の再支配が起こる前に、近くにある運動単位の筋内神経軸索からの神経発芽(sprouting)により、神経再支配が起こります。

 

 神経発芽による神経再支配を受けることで、障害された神経が支配する筋の伝導性は回復し、筋萎縮や収縮能力が回復していきます。

 

 最終的に、損傷したもとの神経からの再支配が完了することで、骨格筋の機能は受傷前と同程度に回復します(ただし、治癒までの期間が長く、筋の変性が強い場合は完全には回復しない)。

 

 

 さて、今回は末梢神経障害の基礎知識についてまとめさせていただきました。今後は、電気生理学的検査や理学療法評価についてもまとめていき、具体的な末梢神経障害に対するアプローチまでお伝えできればと考えております。

 

<文献>

(1)Gray A. Shankman 著, 鈴木勝 監訳. 整形外科的理学療法ー基礎と実践ー  原著第2版. 医歯薬出版株式会社. 2008: p214-218.

(2)奈良勲 監修. 運動器疾患の病態と理学療法. 医歯薬出版株式会社. 2015: p282-290.

(3)David S. Butler著, 伊藤直榮 他 編. バトラー・神経系モビライゼーション 触診と治療手技. 協同医書出版. 2000; p57.

(4)Topp KS, Boyd BS. Structure and biomechanics of peripferal nerve responses to physical stresses and implications for physical therapist practice. Physical Therapy. 2006; 86 (2): 92-106.

(5)豊田愼一, 下野俊哉. 特集Ⅱ:筋機能障害の理学療法評価の実際 末梢神経障害による筋機能障害の理学療法評価の実際. 理学療法. 2018; 35 (11): 979-989.

(6)Ji-Sun Kim, Hung Y. Seok et al. The significance of muscle echo intensity on ultrasound for focal neuropathy: The median- to ulnar-innervated muscle echo intensity ratio in carpal tunnel syndrome. Clin Neurophysiol. 2016; 127: 880-885.

振動刺激と運動錯覚:メカニズム~臨床応用

動イメージや運動錯覚を用いた介入が注目されていますね。

筆者も大分乗り遅れてしまいましたが、この現象について調べてみました。

 

 腱に対する振動刺激により、実際は動いていないのに動いていると感じるものを運動錯覚(Kinesthetic illusion)と呼びます。

 

 脳血管障害後の麻痺手に対する、運動学習に応用することの有効性などが報告されていますが、整形外科領域でも術後の鎮痛作用や可動域の改善に利用できる可能性も報告されています。

 

 今回は、運動錯覚のメカニズムと整形外科領域での応用方法について検討していきたいと思います。

 

 <アウトライン>

 

動錯覚に関わる固有受容器

 

 運動錯覚は骨格筋の腱に、特定の周波数の振動刺激を加えることで、その骨格筋の作用とは反対方向に運動が起こっていると感じる固有受容感覚です。

 

 代表例でいえば、手首の伸筋(背屈筋)腱に振動刺激を加えることで、手首が屈曲(掌屈)しているように感じます。

 

 この振動刺激に反応する感覚器は筋紡錘とされています。教科書レベルでは、筋紡錘は筋に対する伸張刺激に反応し、同名筋の伸張反射を出現させることで、筋の長さを調整すると説明されています。

 

 しかし、筋紡錘は伸張刺激だけでなく、周波数80Hz付近の振動刺激に対しても神経活動を増加させます。これは、筋紡錘から中枢に向かう、求心性線維のⅠa線維が、周波数80Hz付近の振動刺激と調和した活動を示すことからも明らかにされています。

 

 そして、同じ振動刺激でも、一般的に、20Hz以下の低周波や180Hz以上の高周波では活動は弱くなります。

   

 運動錯覚を得るためには、筋ができるだけリラックスしている状態が望ましいとされています。緊張した状態の腱に振動刺激を与えると、刺激された筋が収縮する方向へ活動することが報告されています。

 これは、緊張した筋への振動刺激は、通常、筋が伸張されたときに生じる脊髄反射(伸張反射)と同様の経路をたどるためと考えられています。

 

 また、運動錯覚は、実際には関節運動は起きていないため、目で見る(視覚情報)ことにより感覚が弱くなるという特徴があります。したがって、この振動刺激による運動錯覚は閉眼条件で行うことが望ましいとされています。

 

動錯覚中の脳活動

 

 振動刺激による運動錯覚中には、第一次体性感覚野・脊髄小脳などの体性感覚関連領域に加えて、1次運動野、背側運動前野、補足運動野などの、随意運動で活動する脳の領域が活動することが報告されています。

  

 兒玉ら(文献1)は、振動刺激と自動運動で、感覚運動領野のµ波(感覚運動領野で認められるもので、実際の運動や運動イメージで減衰することが分かっている)の減衰に有意差を認めなかったと報告しています。

 さらに、同著者らは、振動刺激によるBrodmann Area (BA) 4(中心前回)とBA6(中頭前回)、および両側のBA 4の間に機能的連関(脳の領域間が有意に相関)がある可能性があることも報告しています。

 

 このことは、実際の運動が伴わない運動錯覚でも、運動野には筋紡錘からの運動感覚信号が投射されていることを示しています。

 

 また、運動錯覚中に活動する運動野の細胞は、刺激を受けている筋の拮抗筋、つまり運動が起こっていると感じる方向の主動作筋を支配する部分が興奮します。その結果、長時間振動刺激を加えることで、実際に主動作筋が活動することもあります。

 

 さらに、この運動野の興奮性は、運動錯覚の量が大きいほど興奮性も大きくなることが報告されています。

 

動錯覚の量

1)刺激の強さ

 

 では、実際に運動錯覚を引き起こすために最適な振動刺激の量はどの程度なのでしょうか?

 これについて調査した、本多ら(2014、文献2)を紹介していきます。

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 彼らの研究以前の報告をまとめた表です。各研究で設定値にバラつきがあります。この中でも、振動刺激の設定を明確に記述していたものは、Albertら(2006)の研究だけだったそうです。

 

 このことからも、臨床に応用していくためには、運動錯覚を引き起こすための最適な刺激量を明確にしておく必要があることが分かります。

 

 本多らは、運動錯覚量を以下のように定義しました。

 

 静的特性

  -錯覚の鮮明さ(強さ)

 ・動的特性

  -錯覚肢の運動特性(速度、角度、方向など)

  -錯覚の時間特性(潜時、持続時間など)

 

 そして、今回紹介する研究では、この静的特性に関する刺激量を調査しています。

 

 その結果、接触圧0.3Nのとき、50Hzと70Hzの振動刺激が錯覚を鮮明に誘発することが分かりました。一方、接触圧1.5Nの50~90Hz間で錯覚の鮮明さに差はありませんでした。そして、両者とも120Hzのときの錯覚がもっとも不鮮明であったとしています。

 

 接触圧が強くなることで、触覚や痛覚といった振動刺激とは異なる感覚の入力が強くなることが、錯覚量を低下させる原因となっている可能性があります。

 

2)刺激する部位

 

 先行研究では、振動刺激を用いて運動錯覚を惹起するために、拮抗筋の腱に刺激を加えています。

 

 しかし、運動錯覚を惹起させるための感覚器官である筋紡錘は、骨格筋を構成する錘内筋に存在します。したがって、腱よりも筋に直接的に刺激を加えたほうが、錯覚を惹起させやすいのではないか?このように考えることも可能です。

 

 池田ら(2018、文献7)は、健常成人男性の尺側手根屈筋の①腱・②筋腱移行部・③筋腹の3か所に振動刺激を加えました。

 *刺激の条件は押し込み圧0.3N、振動子の直径10mm、刺激15秒-休憩60秒

 

 その結果、②筋腱移行部への刺激が最も運動錯覚を惹起していたと報告しています。このことから、振動刺激を加える部位は、筋腱移行部が最も適切である可能性が示唆されます。しかし、その理由については明確にされていません。

 

 他部位でも同様の結果が得られるか、そして、なぜ筋腱移行部で最も惹起されるのか、今後の報告が待たれるところです。

 

 この報告をもとに、臨床場面では、エコーを使用し刺激する部位を明確にすることで、効果および再現性を高めることができるのではないかと考えています。

 

床応用に関する研究

 このように、実際の運動を伴わないにも関わらず、脳の運動野を活動させる運動錯覚は、リハビリテーション領域で活用していくことができます。

 

 ここでは、運動錯覚をどのように活用していくか、といった疑問に答えてくれる研究をいくつか挙げていこう思います。

 

1)橈骨遠位端骨折術後

 

 まず一つ目は、橈骨遠位端骨折患者に対して行った介入研究です(今井ら、2015.文献3)。

 

 橈骨遠位端骨折の術後患者に対し、術翌日より7日間、振動刺激による運動錯覚を与えました。

 刺激の強さは70Hz、安静10秒と振動刺激30秒を3セット繰り返すというプロトコルです。また、術部に直接刺激を加えないようにするために、非患肢に振動刺激を加えることで、非患肢の運動錯覚を引き起こし、それが患肢の運動錯覚を引き起こすという原理を利用しています。

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 介入の結果、コントロール群と比較して、術後7日・1か月後・2か月後の安静時痛・運動時痛・PCS(Pain Catastrophizing Scale)・HADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)、関節可動域で有意な改善を示していました。

 

 このことから、術後早期からの運動錯覚を用いた介入は、短・中期的な疼痛や可動域の改善に効果があることが示唆されます。

 

2)不動による脳機能の変化

 

 2つ目はRollら(2012、文献4)の報告です。固定や不動により、固定部位に関連する感覚-運動のネットワークが障害されることが分かっています。

 

 健常者の手関節を5日間ギプス固定し、固定期間中に振動刺激による運動錯覚を与えました。

 その結果、コントロール群は、感覚-運動のネットワークに変化生じていたのに対し、介入群ではネットワークが温存されていました。

 

 このことから、運動錯覚刺激により、不動による大脳皮質の変化を予防することができる可能性が示唆されます。

 

 以上の2つの報告から、整形外科領域においても、振動刺激による運動錯覚が有用である可能性が示唆されます。

 

 特に、骨折後のギプス固定期間や可動域練習が制限されている患者にとっては、有用な治療プランになり得ると考えられます。

 

動錯覚がもたらす鎮痛メカニズム

 

  最後に、運動錯覚がもたらす鎮痛メカニズムについて紹介していきます。

 

 運動に伴う痛みという情動体験は、負の情動として偏桃体や海馬といった、脳の記憶を司どる大脳辺系を経由します。その結果、運動と痛みが強く結びついてしまいます。

 

 しかし、振動刺激を用いた運動錯覚では、そのような記憶とは関係なく、運動知覚を惹起することができます。

 

 さらに、運動錯覚は1次運動野を活動させることが報告されています。この一次運動野の活動は帯状回を活性化させ、中脳中心灰白質を活動させます(文献5)。

 

 中脳中心灰白質は延髄の大縫線核を経由して、脊髄後角の侵害受容ニューロンの興奮を抑制する、下行性疼痛抑制(内因性オピオイドシステム)を引き起こします。

 

 以上から、振動刺激による運動錯覚は、運動に伴う痛みの記憶を呼び起こすことなく、運動知覚を引き起こし、さらには下行性疼痛抑止システムを発動することができると考えられます。

 

 しかし、運動錯覚による鎮痛メカニズムについては、まだまだ解明されていないことが多いです。今後も新たな情報が得られ次第更新していきたいと思います。

 

 

 

 今回は、運動錯覚のメカニズムや、臨床応用に向けての科学的な知見を紹介しました。僕自身も、臨床の現場で利用していきたいと思います。

 

 <文献>

(1)兒玉隆之、中野英樹 他.: 振動刺激による運動錯覚時の脳内神経活動および機能的連関. 理学療法学. 2014;41 (2). 43-51.

(2)本多正計、唐川裕之 他.: 振動刺激条件の相違が運動錯覚の誘発と知覚量に及ぼす影響. The Virtual Reality Society of Japan. 2014; 19 (4). 457-466.

(3)今井亮太、大住倫弘 他.: 橈骨遠位端骨折術後患者に対する腱振動刺激による運動錯覚が急性疼痛に与える効果 ‐手術翌日からの早期介入‐ . 理学療法学. 2015; 42 (1): 1-7.

(4)Roll R Kavounoudias, A Albert F et al.: Illusory movements prevent cortical disruption caused by immobilization. Neuroimage. 2012; 62: 510-519.

(5)Garcia-Larrea L, Peyron R.: Motor cortex stimulation for neuropathic pain: From phenomenology to mechanisms. Neuroimage. 2007; 37(Suppl 1): S7 1-9.

(6)太田順、内藤栄一、芳賀信彦 編. 身体性システムとリハビリテーションの科学 1 運動制御. 東京大学出版会. 2018: p57-64.

(7)池田慧、小林啓 他.: 屈曲方向の運動錯覚惹起のために振動刺激を印加する手首の伸筋腱の選定. 第23回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集. 2018: 11A-6.

股関節不安定性③:筋による制御

股関節不安定性第3弾。今回は不安定性の動的制御についてまとめていきます。

 

(1)股関節の副運動

 まず、股関節の不安定性に関わる、臼蓋内での大腿骨頭の副運動量に関する報告をまとめていきます。

 

 骨形態学的に安定した構造である股関節でも、その他の滑膜性関節と同じように副運動が起こることが報告されています。

 

【文献レビュー】

①Shuらは、股関節は完全な球関節ではないため、関節運動に伴って、rollingやglideといった副運動が起こり、大腿骨頭中心は2~5mmの並進運動が起こるだろうと述べています(文献1)。

 

②Akiyamaらは、股関節15°伸展およびFABER testの大腿骨頭中心の変位量を計測し、健常成人男性において、他動伸展時は腹側方向に0.23±0.45mm,FABER test時は背側に0.38±0.40mm変位したと報告してます(文献2)。

 

③Safranらは、屍体股関節に対して、屈曲/伸展,内転/外転,内旋/外旋を組み合わせた計36肢位における大腿骨頭中心変位量を測定しています。彼らは、腹側方向への変位の最大値の平均は2.1±1.8mm、背側方向への変位の最大値の平均は-2.9±1.8mmであったと報告しています。

  また、大腿骨頭は屈曲・内旋の組み合わせでは腹側へ、伸展・外旋の組み合わせでは背側へ変位していました(文献3)。

 

徒手的な操作を行った報告で、Peterらは,大腿骨頭に対し,前方‐後方へのmobilizationを行った際(加えた力は被験者の体重の50%)平均2.0mm(最小‐最大:0.8mm‐4.2mm)変位したと報告しています(文献4)。

 

⑤Linnらは,屍体股関節を用いて,大腿骨頭に356Nの後方‐前方のmobilizationを行い,平均1.52mm(最小‐最大:0.25mm‐2.90mm)の変位を認めたと報告しています(文献5)。

 

 これらの報告から、股関節では、腹側に比して背側方向への並進運動が大きいことが示唆されています。

 

 一方、以前の記事(股関節不安定性)から、股関節不安定性は前方の関節唇や腸骨大腿靭帯の損傷等により、腹側方向への不安定性が特に増大すると考えられます。

 

 股関節の前方被覆率は後方よりも小さいため、腹側方向への大腿骨並進運動を制御するためには、筋による大腿骨頭の制御が不可欠と言えます

 

(2)股関節周囲筋の特徴

 股関節は球関節であり、多数の筋が周囲に存在します。筋の作用もそれぞれ特徴的で、ある一平面では拮抗筋の関係にある筋が、他の平面では共同筋になったりします

 

 例えば、大腿筋膜張筋(TFL)と中殿筋の後部線維を考えてみましょう。まず両者の代表的な作用は外転であることから、前額面上の運動では共同筋として働きます。

 一方、矢状面ではTFLは屈曲、中殿筋後部は伸展作用を有しており、拮抗筋の関係になります。さらに、水平面上では、TFLは内旋、中殿筋後部は外旋と作用をもつため、ここでも拮抗の関係をとることになります。

 

 このように、球関節である股関節においては、各平面における筋間の関係を理解し、筋バランスの不均衡を修正していくことが求められます

 TFLと中殿筋後部の関係で言えば、TFLが過剰に働くことで、股関節外転時に屈曲・内旋方向に変位しやすくなってしまいます。

 

(3)筋のインバランスと不安定性

 上記でみたように、股関節の安定性を保つためには、共同筋と拮抗筋の間のインバランスを改善することが大切です。

 

 さらに、共同筋間においても、インバランスが認められることがあり、その結果股関節の不安定性を増大させ、関節へのストレスを増大させる可能性があることが報告されています。

 

 Lewisら(2007;文献6)は、筋骨格モデルによるシミュレーション研究にて、屈曲の主動作筋である腸腰筋と、伸展の主動作筋である大殿筋の筋力をそれぞれ低下させたときに、共同筋間でどのような活動の変化が起こるか報告しています。

 

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 股関節屈曲において、腸腰筋の筋力を50%減少させると、伸展位から屈曲していく際の股関節前方ストレスが増大します。

 さらに、腸腰筋の筋力低下を代償するように、TFLや縫工筋、長内転筋といった屈曲共同筋の活動が大きくなります。

 腸腰筋以外の屈曲共同筋は屈曲以外の作用も持つため、それぞれの筋の「余分な運動」を打ち消し合うために、多くの筋が動員されます

 

 腸腰筋の筋力低下があっても、見かけ上は同じような屈曲が可能です。しかし、活動する筋や、股関節に加わっている力は大きく異なるのです。

 

 一方、股関節伸展において、大殿筋の筋力が低下した場合、半膜様筋(SM)・縫工筋・TFLの活動が増大し、前方へのストレスも大きくなります。

 

 股関節伸筋であるSMは股関節内転・内旋作用を併せて持っています。この作用を打ち消すために、縫工筋やTFLといった筋が動員されていると考えられます

 

 しかし、この2つの筋は股関節の屈筋であるため、伸展運動を阻害します。さらに、屈筋と伸筋の同時活動により、股関節への圧縮ストレスも増大することが考えられます。

 

 以上のように、共同筋のなかでも、主動作筋に機能障害が起きたとき、様々な筋が代償的に活動することで、股関節へのストレスが増大する可能性があります。

 

(4)インナーマッスルによる股関節の安定化

 股関節におけるインナーマッスルには、腸腰筋や小殿筋、短外旋筋群などが挙げられます。

 

 股関節のインナーマッスルは、その筋の走行が大腿骨頚部軸と一致するケースが多く、股関節を求心位に保つために重要な働きをすると考えられています。

 

 これらの筋の機能に関しては以前の記事に詳しく書かせていただいておりますので、併せて読んでみてください。

 

股関節深層筋:内閉鎖筋

股関節深層筋:外閉鎖筋

股関節深層筋:小殿筋

 

【まとめ】

・股関節は構造的に比較的安定しているが、他の滑膜関節と同様に副運動が起こる。

・前方方向へは構造的に不利なため、腸骨大腿靭帯や関節唇損傷は、股関節の安定性を大きく低下させる。

・静的安定機構(靭帯・関節包・関節唇)の障害に対して、筋は動的に股関節を安定化させる重要な機能を持つ。

・股関節安定性を高めるために、筋の共同筋‐拮抗筋間のインバランス、共同筋内のインバランスの改善と、インナーマッスルの機能向上が重要であると考えられる。

 

<参考文献>

(1)Beatrice Shu, Marc R. Safran. Hip instability: Anatomic and clinical considerations of traumatic and atraumatic instability. Clin Sports Med. 2011; 30: 359-367.

(2)K. Akiyama, T. Sakai et al. Evaluation of translation in the normal and dysplastic hip using three dimensional magnetic resonance imaging and voxel based registration. Osteoarthritis and Cartilage. 2011; 19: 700-710.

(3)Marc R. Safran, Nicola Lopomo et al. In vitro analysis of peri-articular soft tissues passive constraining effect on hip kinematics and joint stability. Knee Surg Sports Traum Arthr. 2013; 21(6): 1655-1663.

(4)Peter V. Loubert, J. Tim Zipple et al. In vivo ultrasound measurement of posterior-anterior glide during hip joint mobilization in healthy college students. J Orthrop Sports Phys Ther. 2013: 43(8); 534-541.

(5)Linn Harding, Mary Barbe et al: Posterior-anterior glide of femoral head in the acetabulum: A cadaver study. J Orthrop Sports Phys Ther. 2003; 33(3): 118-125.

(6)Cara L. Lewis, Shirley A. Sahrrmann et al. Anterior Hip Joint Force Increases with Hip Extension, Decreased Gluteal Force, or Decreased Iliopsoas Force. J Biomech. 2007; 40 (16):3725-3731.