リハきそ

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「動かさない」が痛みを引き起こす~immobilization induced pain~

折のように身体組織に何らかの損傷が起きたとき、組織の修復を図るために「安静」「固定(不動)」が必要になることがあります。

 

代表的な例は、骨折や手術後のギプス固定ですね。

 

組織治癒を得るためのこの処置により、関節可動域制限や筋力低下といった、廃用に起因する機能障害が惹起されることは周知の事実です。

 

加えて、安静や固定という不活動の状態は、それそのものが原因となって、痛みを発生させることが分かってきています。

 

これは、Immobilization induced pain(不活動性疼痛)と呼ばれています。

 

不活動性疼痛は、急性痛を慢性化させる恐れがあり、不動にともなう機能障害と相まって、その後のADLやQOLに大きな影響を与えます。

 

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今回は、この不活動性疼痛が引き起こされるメカニズムについて説明していきたいと思います。

 

<アウトライン>

 

活動性疼痛に関する知見

 

Allenら(1999)の報告では、CRPSを発症した患者の47%が、そのきっかけとなった外傷の後にギプス固定やスプリント固定といった、医学的な固定処置がなされていたそうです。

 

また、Tellezら(2018)の行った観察研究では、固定処置を行った橈骨遠位端骨折もしくは舟状骨骨折患者の37%で、固定していない肩関節に痛みが生じたと報告しています。

そして痛みの強さは、固定していた期間と比例して強くなっていました。さらに、肩関節痛が発生した患者の約67%が、肩関節に対するリハビリテーションを追加されたとしています。

 

このように、不活動性疼痛はギプス固定などが施された部位にとどまらないようです。

これは、ギプス固定自体が疼痛の原因なのではなく、不動・不活動そのものが疼痛の原因になるということを示唆しています

 

これを裏付けるように、Butler(2001)は腰痛発生から4日以上安静にすることで、その後1年以上も痛みが残存すると述べています。

 

梢組織におけるメカニズム

末梢組織では、

  • 角質層の乱れ
  • 表皮が薄くなる
  • 真皮に分布する一次侵害受容ニューロンの分布密度増大

といった変化が起こります。

 

不活動によって起こされる変化の1つに、感覚刺激の減少が挙げられます。

これにより、外界からの刺激を少しでも受けられるように組織が変容していくのだと考えられます。

 

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このような構造的な変化に加えて、表皮を構成する細胞であるケラチノサイトでは、神経成長因子(NGF:内因性発痛物質の1つ)TRPV1、P2X3(*)といった侵害受容体の発現も認められます。

 

*TRPV1:熱刺激の受容体。通常は43℃以上の熱で活性化されるが、炎症下においては30℃程度の熱でも活性化される。

*P2X3:ATPが結合する受容体

 

NGFは、末梢神経系では感覚神経や交感神経の伸長を促進したり、神経伝達物質の生成を促進したりします。

この物質により、一次侵害受容ニューロンの側枝発芽(sprouting)が起こり、分布密度が増加していきます。

 

経系の可塑的変化

上述したように、身体の一部が不動にさらされることで、その部位からの感覚入力は大きく減少します。

 

通常、身体における感覚入力は皮膚だけではなく、筋や関節などからも発生しています。これらすべての感覚入力が減少することで、神経系に変化がもたらされ、疼痛が発生するようになると考えられています。

 

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(1)自発放電

感覚入力が減少すると、一次侵害受容ニューロンであるAδ線維C線維、触覚の一次求心性ニューロンであるAβ線維などで、自発放電が認められるようになります。

 

自発放電はその名の通り、外界や筋収縮・関節運動といった刺激がないにも関わらず、神経自体が勝手に異常興奮してしまう状態です。

 

(2)CGRPの発現

カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)は神経伝達物質や神経調節因子として、脊髄後角での痛みの伝達に関与している物質です。

 

不活動性疼痛では、このCGRPが後根神経節(DRG:脊髄後根にある神経細胞の集合体)や、脊髄後角で増加することが分かっています。

 

脊髄はRexedの分類と呼ばれる分類方法によりⅠ~Ⅹ層まで分けられており、Ⅰ~Ⅵ層が脊髄後角にあたります。

 

CGRPはこのすべての層で発現するため、不活動性疼痛は、痛みの感覚-識別的側面だけではなく、認知-評価的側面や意欲-情動的な側面にまで影響を与える可能性があります。

 

(3)WDRニューロンの増加

脊髄後角ではCGRPの発現だけでなく、二次侵害受容ニューロンの1つである、広作動域ニューロン(WDRニューロン)も増加させることが分かっています。

 

WDRニューロンは非侵害刺激から侵害刺激まで、さまざまな刺激に対して反応するニューロンで、刺激の強さに応じて興奮の程度が変化します。

 

一次侵害受容ニューロンの自発放電や、DRG・脊髄後角でのCGRPの増加といった変化により、WDRニューロンの興奮性は高くなりやすい状態になっています。

 

したがって、わずかな刺激でも疼痛が増幅されるという中枢感作を引き起こしてしまう可能性があるのです。

 

(4)脳の可塑的変化

不活動により、一次体性感覚野(S1)における当該部位の体部位再現が狭小化することや、一次運動野(M1)・S1の皮質が薄くなることが報告されています。

 

振動刺激による運動錯覚の記事で取り上げた、今井ら(2015)の報告では、患肢を固定された橈骨遠位端骨折患者に、運動錯覚を惹起させることで、術後早期の疼痛や可動域制限を改善していました。

 

運動錯覚は、S1やM1だけでなく、さまざまな脳の領域で活動を引き起こすことが分かっています。

www.rehakiso-gene.com

 

不活動によって

  • 脳に可塑的変化が起こる
  • それを予防するような介入をおこなうことで疼痛が減少する

これらの点から、不活動性疼痛に脳の可塑的変化が関与していることは間違いないといえるのではないでしょうか。

 

 

さて、ここまで見てきたように、不活動性疼痛は様々なメカニズムによって惹起されていることが分かりました。

今後は、不活動性疼痛に対するアプローチについての知見を集め、記事をアップデートしていきたいと思います。

 

【文献】

(1)沖田実、松原貴子:ペインリハビリテーション入門.三輪書店,p29-32,2019.

(2)Allen G, Galer BS et al.: Epidemiology of complex regional pain syndrome: a retrospective chart review of 134 patients. Pain. 1999; 80: 539-544.

(3)Raquel Cantero-Tellez, Santiago Garcia Orza et al. Duration of wrist immobilization is associated with shoulder pain in patients with after wrist immobilization: an observational study. J Exerc Rehabil. 2018; 14 (4): 694-698.

(4)Butler SH: Disue and CRPS. "Complex Regional Pain Syndrome (Progress in Pain Research and Management 22)" Harden RN,et al ed, IASP Press, Seattle, pp141-150, 2001.

(5)今井亮太、大住倫弘 他:橈骨遠位端骨折術後患者に対する腱振動刺激による運動錯覚が急性疼痛に与える効果-手術翌日からの早期介入-.理学療法学.2015;42(1):1-7.

 

痛みのきそ~痛みの定義と多面性~

形外科理学療法において、痛みはもっとも問題として挙がることが多い症状ではないでしょうか?

 

 人の痛みについては、まだまだ解明されていないこともありますが、分かってきていることも多くあります。

 

 この、「分かっていること」をきちんと押さえておくことが、臨床では大切なことだと感じています。

 

 痛みは非常にデリケートな側面もあり、治療者の理解不足が患者さんの不利益を生む可能性がとても多い症状です。

 

 痛みについては、今後数回にわたって取り上げていこうと思っています。

 

 今回はまず、痛みの定義とそこから導き出される、痛みの多面性についてまとめていこうと思います。

 

<アウトライン>

 

みの定義

 さて、まずは大前提となる痛みの定義を見ていきましょう。

 

 国際疼痛学会(International Association of the Study of Pain; IASP)では、痛みを

 

An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage. (IASP,1986)

痛みは、実際に何らかの組織損傷が起こったとき、あるいは組織損傷が起こりそうなとき、あるいはそのような損傷を表す言葉で表現されるような、不快な感覚体験および情動体験

 と定義しています。

 

この定義から痛みは、

  • 主観的なもの
  • 知覚という感覚的側面だけでなく、認知・情動といった多面性
  • 組織損傷の有無に関わらず生じる

といった性質があるといえます。

 

さらに、野本(2017)は、

原因があろうがなかろうが、患者さんが「痛い」といえばそれが痛みである。

 としています。

 

これは分かりやすいですね。「痛い」と言えば「痛い」。

 

医療者は、まずは患者さんの痛みを「間違いなくあるもの」と受け止めた上で、その原因を探っていく必要があります

 

みの多面性

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 さて、前出したIASPの定義から、痛みには多面性があることが分かりました。

 

 ここでは、その多面性について詳しく見ていこうと思います。

 

(1)感覚‐識別

 まず1つ目は、侵害刺激によってもたらされる痛みの強さや、どこに痛みが生じているかといった感覚的側面です。

 

 普段の臨床では、2点識別覚ボディチャートによって部位を評価したり、VASNRSを用いて強さを評価します。

 

 感覚‐識別といった側面は客観的に評価することが可能、なように思えますが、後述する情動や認知的な側面に影響を受けている可能性があることを理解しておく必要があります。

 

 痛みは主観的な感覚であるため、完全に客観的に評価することは難しいと考えられています

 

 しかし、この感覚‐識別の側面を評価することは

  • 痛みはある特定の組織からもたらされているものなのか?
  • 認知や情動といった、その他の側面からどの程度影響を受けていそうか?

 

 などの仮説を検証していく上で、また、効果判定を行う上で大切な基準になります。

 

(2)意欲‐情動

情動とは、怒り、恐怖、喜び、悲しみなど急速に引き起こされた一次的かつ急激な感情の変化である(文献2)

  

 このような感情の変化により、モチベーション(意欲)が変化することは普段よく経験することです。

 

 痛み刺激は脊髄視床路とよばれる経路を通り脳に伝達されます。そして、この脊髄視床路は主に外側路と内側路に分かれています。

 

 外側路は視床を経由したのち、大脳皮質の体性感覚野に痛覚情報を伝達する経路で、前述した感覚‐識別の側面に関わるものです。

 

 一方、内側路は視床から大脳辺縁系に情報を伝達します。大脳辺縁系には、情動や意欲、記憶といった機能を司る部位が存在します(文献3)。

 

 痛みに、意欲‐情動といった側面存在するのは、こういった理由からも明らかです。

 

 そしてこの痛みによって引き起こされる情動(感覚の変化)が、その人の意欲を変化させてしまうのです

 

 痛みによって不安や恐怖といった負の情動が引き起こされれば、活動する意欲は低下します。

 

 一方、適度なストレッチによってもたらされる痛みは、正の情動を引き起こし(気持ちいい)、ストレッチや運動を継続する意欲を引き起こす可能性があります。

 

 運動療法を行う上で痛みは避けて通れない部分があります。しかし、痛みによってどのような情動が引き起こされるかによって、患者さんのリハに対する意欲も変化するということは念頭においておく必要があります

 

 そして、痛みが正の情動を引き起こすか、負の情動を引き起こすかは、次に述べる認知‐評価的側面も関わってきます。

 

(3)認知‐評価

 この側面は、現在感じている痛みについて、

  • 過去の経験
  • 注意を向けているか
  • 予測をしていたか、予測をしているか

 といった、認知機能が果たす役割を見たものです。

 

 痛みが来ることを予測していれば、痛みの強さを減らすことが出来るかもしれません。

 

 何かほかのことに集中していると、痛みを感じにくくなることもあります。

 

 一方、過去に痛みによって不快な情動が引き起こされていたり、不利益を受けたりした記憶があると、痛みの感じ方が強くなってしまう可能性があります。

 

 また、視覚情報と体性感覚情報の不一致によっても痛みが生じることが報告されています。

 

 記憶、注意、予測、感覚の統合など、認知‐評価の側面が痛みに与える影響はとても強いと言えます。

 

 以上から、痛みと一口に言っても、上記したようなさまざまな側面から評価していく必要があることが分かりました。

 

 「慢性痛は心理的な問題」・・・

 どのような心理的な問題があるのか?情動的側面なのか認知的側面なのか。

 

 「急性期だからしょうがない」・・・

 本当に組織損傷だけの問題なのでしょうか?(当然、組織損傷が主たる原因の場合もあります)

 

 臨床でよく聞くフレーズですが、その奥にどのような多面性が隠されているのか?これからの臨床でキチンと考えていきたいところです。

 

<文献>

(1)野本優二(2017)「痛みについて考える」<http://www.hosp.niigata.niigata.jp/img/.about/torikumi/archives/nomoto_17.5.12.pdf>.2019年4月12日 最終アクセス

(2)監修 千住秀明.機能障害科学入門.神陵文庫,2010.

(3)松原貴子,沖田実,盛岡周.Pain Rehabilitation.三輪書店,2010.

リハの質を上げる取り組み〜MTDLPの導入〜

て、前回はチーム制のメリット・デメリットを考え、実際に導入してから見えてきたことを紹介しました。

 

 今回は、チーム制を導入したことで明らかになった課題に対応するため、当部門で採用したMTDLP(Manegement Tool for Daily Life Performance:生活行為向上マネジメント)について紹介するとともに、導入までの過程やその効果について伝えていきたいと思います。

 

<アウトライン>

 

MTDLPを導入したきっかけ

 MTDLPを導入したきっかけは、以下の2つです。

 

(1)チーム制で見えてきた課題

 チーム制を導入することで得られたメリットは多かったのですが、浮き彫りになった課題もあります。

 

 その一つが、「一人で考え抜く力が伸びないこと」です。この考え抜く力には・・・

 

  • 患者さんの問題点や能力を評価し解釈する力
  • リハ開始からゴールまでのプロセスを考える力
  • 必要な治療・プログラムを評価結果から導き出す力

 

 など、PTとして自立していくために必要不可欠な能力です。

 

 チーム制により、先輩・上司からアドバイスを受けやすい環境になったことは良いことだと思いますが、こういった新たな課題を生み出すことにもなってしまったと言えます。

 

 この課題に対処するために、チームのリーダーとなったスタッフには、プログラムの立案といった核になる仕事を責任をもって遂行してもらうようにしています。

 

 そして、このプログラム立案を支援し、かつ患者さんへより良いリハを提供するために有用だと考えたツールが、MTDLPだったのです。

 

(2)FIMの限界を知り、その先を見据える

 回復期リハビリテーション病棟における最も重要なアウトカムはFIMです。

 

 施設基準として、FIMをもとにした実績指数が導入されてから、FIMの点数を上げ、かつ在院日数をコントロールしていくことが、病棟を運営していくための必須事項となっています。

 

 FIMは周知のとおり、実際に「しているADL」を評価する指標です。しかし、病院という環境でしていても、退院後に本当にするようになるとは言い切れません。

 

 事前の対策として、入退院支援や退院前訪問調査、外出 / 泊を通して、退院後に本当に生活ができるのか検討します。

 

 が、それでもまだ不十分なことの方が多いと感じています。退院後の患者さんからも、家に戻ってからの生活で苦労した話や、思い通りに改善が進まなったという話を聞くことがあります

 

 特に当部門では、病院でしか働いたことがないセラピストがほとんどであるため・・・

 

  • 生活を見据えた目標設定ができない
  • 歩いて階段が昇り降りできればHOPEを達成できると思っている
  • HOPE達成に向けた具体的なマネジメントができない

 

 などなど、FIMの先まで見据えてリハを提供することができないスタッフが多かったのです。

 

 そこで、FIMの先を意識づけるために白羽の矢が立ったのが、このMTDLPでした。

 

MTDLPとは

 ”生活行為とは、人が生きていく上で営まれる生活全般の行為”(日本作業療法士協会

  

 MTDLPは、地域包括ケアシステムの中で、一般の方々にも、作業療法士(OT)の仕事・役割を分かりやすく示すために、日本作業療法士協会によって作成されたマネジメントツールです。

 

 したがって、PTの世界ではなかなか聞きなれないものだと思います。

 

 僕自身も、MTDLPについては、OTさんと部門の現状について話し合っている中で知りえたもので、それまでは全く知りませんでした。

 

 ここからは、MTDLPをどのように実践していくのか紹介していきたいと思います。

 

  MTDLPで使用する帳票は・・・

 

  • 生活行為聞き取りシート
  • 興味・関心チェックシート
  • 生活行為アセスメント演習シート
  • 生活行為向上プラン演習シート
  • 生活行為向上マネジメントシート
  • 生活行為申し送り表

 

となります(日本作業療法士協会のHPからダウンロード可能です)。

 

 かなり多いですね。このペーパーワークの量が、なかなか臨床現場で活用が進まない理由になっています

 

 しかし、実際に使用してみると、非常に有用なマネジメントツールであると思います。

 

 それでは、MTDLPの進め方について簡単にまとめていきます。

 

(1)インテーク(面接)

 「生活行為聞き取りシート」を使って、患者さんやそのご家族が望む/目標とする生活行為を、面接にて聴取していきます。

 

 目標を設定するこのインテークは、MTDLPにおいて非常に重要な意味を持ちます。

 

 目標となる生活行為を聴取できたら、今現在の満足度および実行度を0~10段階で評価してもらいます。その上で、その目標が達成可能かどうか述べ、最終的な合意目標をたてます。

 

 もし患者さんが、自身の望む生活行為を思いつかない、うまく表現できないときは、「興味・関心チェックシート」を使います。

 

 この「興味・関心シート」は非常に多くの生活行為を網羅しています。患者さんの生活を見ることが苦手なPTは、このシートの項目を普段の問診で聞くようにするだけで、有用な情報を得ることができると思います。

 

(2)生活行為アセスメント(評価)

 合意目標が形成されたら、「生活行為アセスメント演習シート」を使って、患者さんの生活行為を阻害している要因を国際生活機能分類ICFに基づいて分析していきます。

 

 そして、このシートの優れている点は、阻害要因を抽出するだけでなく、現状能力(強み)や予後予測も同時に分析できる点にあります。

 

 入院中などは、問題点にばかり目が行きがちですが、このように広い視点で患者さんの状態を分析できることが大切だと考えます。

 

 また、予後予測をたてる習慣をつけることも大切です。先のことをきちんと見通すことが出来なければ、有用なプランを作成することはできないはずです。

 

(3)生活行為向上プランの立案

 生活行為アセスメントの結果をもとに、「生活行為向上プラン演習シート」を用いて、患者さんが目標とする生活行為を達成するためのプランを作成します。

 

 プランを作成するにあたり、まずは目標となる生活行為の作業工程分析を行います。

 

 ・企画・準備力(PLAN)

 ・実行力(DO)

 ・検証・完了力(SEE)

 

 PLANとは・・・

 どうすれば(いつ・どこで・だれと・どのように)目標とする生活行為を実行できるか、患者さん本人が考え、そして準備を進めていく能力です。

 

 DOとは・・・

 目標とする生活行為を実行するための心身機能・活動の能力です。

 

 SEEとは・・・

 目標とする生活行為が達成できたかどうか、できなかったのであればどのようにすれば実行できるか、再度企画・準備するための能力です。

 

 このように生活行為を分解し分析する工程です。PTで言えば動作分析などに当たる部分と言えます。

 

 作業を分析する過程はOTさんから学ぶ必要があります。回復期である当部門では協力してもらうことが容易でした。

 

 作業工程分析が終わったら、実際いそれを達成するためのプランを立てていきます。MTDLPではそのプランを・・・

 

・基礎練習:心身機能・構造レベルへのアプローチ

・基本練習:主に基本的ADLに当たる動作へのアプローチ

・応用練習:病院や施設で実際に行う練習

・社会適応練習:実際の環境で行う練習

 

 という4つのカテゴリーに分けて立案していきます。

 

(4)介入~効果判定

 ここまで来たら、アセスメントとプランを併せた「生活行為向上マネジメントシート」を作成し、実際に介入を行っていきます。

 

 介入結果に対する交換判定や再評価の手順は、通常の理学療法で行われるものとそう変わりはありません。

 

(6)申し送り

 目標を達成した場合や、次の医療機関・施設に申し送りを行うときに、「生活行為申し送り表」を作成します。

 

 当部門では、回復期リハビリテーション病棟退棟後に外来部門へ移行することがほとんどであるため、その際の申し送りとして使用することとしています。

 

 今までは、機能面に重点をおいた申し送りでしたが、もっと「その人」が分かる生活に即した申し送りが可能となりました

 

入手順

  繰り返しになりますが、MTDLPを導入する上で最も厄介なことは、ペーパーワークの量です。

 

 既述したように、目標設定からアセスメント、プランと進めていく過程のそれぞれで、使用する用紙が異なります。

 

 そこで当部門では、MTDLPの実践手順に準じて、段階的に導入していくことにしました。

 

(1)Step 1:目標設定

 この段階では、<生活行為聞き取りシート>、<興味・関心チェックシート>のみを使用し、まずは患者さんのHOPEをしっかりと捉え、その上で合意目標を立てることだけに集中します(インテーク)。

 

 今まで、HOPEを聞くことだけで終わっていたこともあったため、「実行度」「満足度」「達成の可能性」など、目標設定の段階から密な話し合いをする時間が少なかったように思います。

 

 合意目標を立てていく過程で、早期の段階で信頼関係の構築や患者さんの積極的なリハへの参加を促すことができるようになったと感じています。

 

(2)Step 2:アセスメント作成

  合意目標をもとに、「生活行為アセスメント演習シート」までを作成するStepです。

 

 この部分が導入時に最も時間を要した部分でした。HOPEを聞くところまではいいですが、実際その生活行為をどのように評価すればよいか分からないという意見も多く、普段の臨床が機能や基本動作レベルに偏っていたことを示唆しています。

 

 「PTは動作の専門家である」という意見もあり、それも正しいと思っています。しかし、現場レベルで実際の患者さんが求める者は、動作を獲得したその先にあるということを忘れてはいけない。

 

 そういうことを気づかせてくれるStepでした。

 

(3)Step 3:プラン作成

 アセスメントシートをもとに、生活行為動作の工程分析およびプラン立案のStepとなります。作業工程分析については、OTさんと共同しながら行いました。

 

(4)Step 4:完全導入

 完全導入までに、だいたい3か月程度要しました。時間はかかりましたが、一度に導入するよりも一つ一つの工程に慣れながら導入することができたので、途中で挫折することがなかったように思います。

 

(5)MTDLPカンファレンス

 さて、ここまでで、一通りの導入過程を紹介させてもらいました。

 

 MTDLPを導入したことにより、FIMの先を意識したマネジメントが少しづつできるようになってきたと感じています。

 

 そして、ここでもう1つの導入のきっかけとなった、「チーム制によって、考え抜く力が伸びない」に対する対策も紹介します。

 

 それが、MTDLPカンファレンスです。

 

 このカンファレンスは、作成したプランを提示し、他のスタッフから意見をもらう場としました。

 

 カンファレンスは、患者さんを担当するチームメンバーとは異なるスタッフで構成した班で行うことを条件としています。

 

 チームのリーダーが参加し、自身が中心となって作成したプランを紹介していきます。その後、意見を交換し合っていくわけですが、、、

 

 ここではいつも一緒に考えていたチームのメンバーがいません(いたとしても助言はしないことにしています)。したがって、質問に対してリーダー一人で考え、答えを出していかなければならないのです。

 

 このカンファレンスは、情報共有だけでなく、考える力を養っていくことも狙いです。取り組みの結果がどう出るか、ゆっくりと見ていきたいと思っています。

 

<引用・参考>

・一般社団法人 日本作業療法士協会 MTDLPシートのダウンロード(最終閲覧日:2019年4月4日)

URL:

http://www.jaot.or.jp/administration/mtdlp%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89.html

 

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リハの質を上げる取り組み〜チーム制の導入〜

ハビリテーションの質を上げる。

 

これはいつまでも取り組み続けなければいけない課題ですよね。

 

 筆者が今、管理者として働いている回復期リハビリテーション病棟でも、どれだけリハの質を高められるか日々模索しているところです。

 

 そんな中、当部門で実践することとなった施策をシリーズで紹介していきたいと思います。

 

第1回はチーム制です。

 

 <アウトライン>

 

ーム制とは

一人の患者さんに対し、

  •  担当制:一人のセラピストが治療する
  • チーム制:複数のセラピストで治療する

のいずれかが選択されると思います。先ずはそれぞれのメリット、デメリットを考えてみます。

 

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ーム制のメリット、デメリット

(1)チーム制のメリット

多くの患者さんを治療できる

    チーム制にすることで、担当制の場合と比べて多くの患者さんの治療に関わることができるようになります。

 

    特に病床数が少ない場合や、スタッフの数が充実している場合は、どうしても関われる患者さんの数が少なくなってしまいます。

 

    経験値を高めるという点からも、チーム制の一つのメリットと言えます。

 

様々な意見を聞ける

    担当制のときは、基本的に臨床判断を一人で行わなければいけません。

 

    高度な臨床判断が必要な場面では、先輩や上司に相談することもあるでしょうが、実際に患者さんを対応していないため、適切なアドバイスを受けることができないことがあります

 

    その点、若手〜ベテランまで含むことができるチーム制では、同じ患者さんを治療するスタッフ間で情報共有や相談をすることができます。

 

若手の育成

    前述したように、チーム制では新人とベテランが同じ患者さんを治療することができます。

 

    OJT(On the Job Training)の重要性は周知の事実です。実際の臨床場面で即先輩に相談できる、指導を受けることができるという状態は、教育的側面から考えても非常に大切なことだと考えられます。

 

申し送り時間の短縮

    常にチームで情報を共有していることで、チームの誰かが休んでも詳細な申し送りが必要なくなります。

 

    さらに当部門では、申し送りに必要な書類作成が不要になり、業務の効率化を果たすこともできました

 

(2)チーム制のデメリット

  ・責任の所在が不明確

    担当制の場合と異なり、複数で担当することで、他部門との連携や患者さんへの説明などの際、誰が責任を持って対応するのか不明確になります。

 

    また、チームの誰かに頼ることもできるので、悪く言えば「サボる」こともできてしまいます。

 

    この点を改善することは、チーム制を導入するにあたってとても考えた部分でもありました。

 

スタッフ間でアプローチが異なる

    治療技術、知識に差があるスタッフ同士がチームになったとき、患者さんはその差を敏感に感じとります。

 

    そして、疑問・不安を抱いたり、クレームに発展してしまうことも考えられます。

    担当制の場合は、そういったセラピスト間の差を患者さんが感じる機会は少ないと思います。

 

    ただ、裏を返せば、技術のないスタッフがマスクされてしまう恐れもあるということです

 

    チーム制によって、スタッフ間の差が明確になるほど、解決すべき課題が浮かび上がってきやすくなることも事実だと考えます。

 

    一人一人がその課題に真摯に向き合うこと、そして部門全体で課題を共有することが可能になるため、見方によってはメリットに見えるかもしれません。

 

際にチーム制を導入してみて

(1)制度

    さて、上記のメリット・デメリットを踏まえた上で当部門では、一人の患者さんに対し、3人のPTで対応するチーム制を採用しました。

 

    チームは、リーダー1名とサポート2名から構成され、患者さんごとに編成されるチームは変化します。

 

    固定のチームではないため、様々のスタッフの意見を聞くことができ、また、職場全体のコミュニケーションの活性化にも繋がりました。

 

    そして、チーム毎にリーダーを立てることで、責任の所在をはっきりさせました。

 

     リーダーはプログラムの立案や他部門との連携、退院調整などを主として行い、他の2人がこれをサポートする形となります。

 

 立案されたプログラムを基に、リーダーは各スタッフの役割を明確にしていきます。

 

 毎回のリハで必ず必要になるプログラムは、全員が共通認識を持って実行します。

 

 一方、頻度が少なくてよいもの、特定のスキルが必要なものについては、最も適切なスタッフに一任する場合もあります。

 

 作成したプログラムをただ複数人で実行するだけでは、チーム制の良さは活かしきれません。

 

 チーム内の役割を明確にすることで、「自分にはまだできない治療」でも患者さんに提供することができるのです。

 

 そして、自分の得手・不得手を認識することで、更なる成長を促すこともできます。このような、役割分担をきちんと行うことで、セラピスト間の差を減らすことができると考えています。

 

(2)導入してみての変化

 当部門でチーム性を導入したことで生まれたプラスの側面をまとめると

  • 治療できる患者さんの数が増えた
  • 部門全体のコミュニケーションが活性化した
  • 若手を育てるという意識が部門全体に浸透した
  • 誰が何を得意としているのか理解できた
  • FIMの利得率のバラつきが小さくなった

  

 一方、課題として浮き上がってきたことは、

  • 筆者が思っていた以上に、スタッフ間の技術格差があったこと
  • チーム内で完結できる分、上司への報告がなくなること
  • 一人で考え抜く力が伸びないこと

 

 チーム制を導入したことで見えてきた課題に対処するために、いくつかの施策を打ってみました(MTDLPの導入、進捗状況の双方向性の報告、振り返り機会の提供)。

 

 次回からはそのあたりを紹介していこうと思います。

 

中枢性感作症候群と中枢感作-概論-

回のテーマは中枢性感作症候群(Central sentivity syndrome:CSS)です。 

 

CSSについて報告したYunus (2008) の論文を中心に紹介していこうと思います。

また、CSSに関与するとされる疼痛の中枢性感作(Central Sensitization)についても、その概要に触れていこうと思います。

 

 

枢性感作症候群(CSS)とは

 

(1)定義

 

 まず、CSSの定義について、Yunus(文献1)の論文から引用します。

Central sentivity syndrome (CSS) comprise an overlapping and similar group of syndromes without structural pathology and are bound by common mechanism of central sensitization (CS) that involves hyperexcitement of the central neurons through various synaptic and neurotransmitter/ neurochemical activities.(Yunus, 2007)

 

 

 CSSは、

  • 器質的異常を伴わない、重複・類似した症候群のグループから構成される。
  • 様々なシナプス神経伝達物質/神経化学物質を介する中枢神経の過興奮と関与する中枢性感作(CS)と強く結びつく。

 とされています。

 

 つまり、CSと関連する/契機に持つ、器質的異常を伴わない種々の症候群のまとまりを表したものということができます。

 

 CSSを構成する疾患は多種多様ですが、その背景に共通する因子、つまりCSの存在があるとされています。

 

 CSSを構成する症候群には下記のものが含まれています。

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 近年の研究では、上述した「器質的異常が認められない症候群」だけでなく、変形性関節症子宮内膜症のような、器質的異常により、侵害受容性疼痛が生じる疾患群もCSSに含んでいる場合があります(文献2)。

 

 変形性膝関節症では、変性が認められる膝関節の痛覚過敏だけでなく、罹患関節から離れた部位でも侵害受容器の閾値が低下することが分かっています。

 

 また、子宮内膜症では、骨盤から離れた母指の背側骨間筋に痛覚過敏が認められると報告されています。

 

 このように、実際に炎症が起きている部位から離れた場所に痛覚過敏が生じる原因として、CSSの背景因子であるCSが存在していると考えられています。

 

(2)症状

 CSSでは以下のような症状が共通して認められます。

  

    これらの症状が引き起こされる理由は、CSSの背景因子であるCSのメカニズムを知ることで少しずつ理解できます。

 

 以下では、CS(中枢性感作)についてまとめていきたいと思います。

 

枢感作(CS)とは

 CSについて、国際疼痛学会(2011)では

正常あるいは閾値以下の求心性入力に対して示す、侵害受容ニューロンの亢進した反応性

  と定義しています。

 

 CSは、脊髄レベルでの神経可塑性変化と、脳レベルでの神経可塑性変化の2つに大別して考えていきます(下図のグレーで囲まれた部分)。

 

 

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    ざっくり言ってしまえば、脊髄後角以降の上行性伝導路の興奮性亢進と、下行性の疼痛抑制機能の低下が起こっている状態です。

 

脊髄レベルでの神経可塑性変化

(1)Wind up

  末梢神経への強い繰り返し刺激により、脊髄後角に存在する広作動域ニューロン(二次侵害受容ニューロンの1つ。非侵害刺激~侵害刺激まで幅広く反応する)の放電時間が長くなり、次第に放電数が増加(=疼痛が増悪)する現象です。

 

 臨床上でも、1度目の圧痛検査よりも2度目、3度目の方が強くなっていく現象を経験することがあります。また、ROM exでも同様で、同じ可動範囲であるにも関わらず、繰り返すごとに疼痛が強くなってしまうことがあります。

 

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(2)長期増強

  強く高頻度の刺激が加えられることで、シナプスにおける伝導効率が上昇し、それが持続する現象を指します。

 

 長期増強に関する研究では、記憶や学習に関わる海馬がよく用いられています。

 

 長期増強は、シナプス後細胞の細胞膜に存在している、受容体の活動性が亢進したり、受容体の数そのものが増加するために起きるとされています

 

 末梢の侵害受容器に刺激が加わることで、一次侵害受容ニューロンの1つであるC線維末端(中枢側、脊髄後角)からは、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸サブスタンスPカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)が放出されます。

 

 これらの神経伝達物質は、まず、脊髄後角の二次侵害受容ニューロンに存在するAMPA受容体ニューロキニン受容体(NK1)を活性化させます。そして、その活動は、普段活動が抑えられている(マグネシウムイオンによりブロックされている)NMDA受容体を活性化させてしまいます。

 

 NMDA受容体が活性化することで、次侵害受容ニューロンの細胞膜上に新たな受容体が発現・増加したり、普段活動していないサイレントシナプスが活性化され、2次侵害受容ニューロンの興奮性が高まります

 

 これが、脊髄における長期増強のメカニズムであると考えられています。

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(3)ミクログリアの活性化

 ミクログリアは脊髄後角に存在するグリア細胞(神経膠細胞:)の1つで、貪食作用とサイトカインであるBDNF(脳由来神経栄養因子)およびプロスタグランジンなどの放出作用をもちます。

 

 BDNFは脊髄後角におけるシナプスの伝導効率を高める作用があります。また、プロスタグランジンは、二次侵害受容ニューロンでのグルタミン酸(興奮性の神経伝達物質)の遊離を促進します。

 

 神経が損傷したり、炎症によって生じた炎症性サイトカインが、血流によって脊髄まで運ばれると、その場所ミクログリアが集積します(遊走作用)。

 

 この結果、脊髄後角がさまざまな反応を引き起こす場となってしまうため、長期間にわたって感作が持続することになってしまいます。

 

脳レベルでの神経可塑性変化

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 近年の技術の進歩により、脳の活動は客観的に捉えることができるようになっています。

 

 侵害刺激による疼痛の情報は、脊髄視床を通り脳に伝わりまが、この脊髄視床路には外側路内側路があります。

 

 外側路は主に視床を経由し体性感覚野に情報を伝える経路で、痛みの強さや局在を知覚させる経路になります。

 

 一方、内側路は視床から大脳辺縁系やPFCに投射される経路で、痛みによる情動反応や認知面の反応を引き起こす経路となります。

 

 中枢感作や慢性痛では、痛みの感覚的側面だけでなく、認知・情動面の問題が強くなることが分かっています。

 

 痛覚過敏の代表例である、複合性局所疼痛症候群(CRPS)では、S1、S2(二次体性感覚野)の萎縮や体性感覚受容野間の狭小化が報告されており、2点識別覚の低下が認められます。

 

 また、アロディニアを呈する症例では、IC、PFC、ACC、頭頂連合野、補足運動野などの活動亢進が認められることが分かっています。

 

 ここで紹介した変化はほんの一部です。中枢性感作に伴う脳の可塑性変化にはさまざまなものがあるため、本記事とは別に改めて書いていこうと思います。 

 

 中枢性感作に関わるその他の因子

 さて、下の図をご覧いただくと、上述してきた侵害刺激や神経損傷だけでなく、さまざまな因子が中枢感作に関与していることが分かると思います。

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  したがって、中枢感作が疑われる患者さんに対応する場合は、侵害刺激だけではなく、より広い視点で評価していくことが必要であることが理解できます。

 

 さらに重要なポイントは、中枢感作を引き起こすこれらの因子の多くが、CSSによって生じる症状と一致している点です。

 

    ここからは、中枢性感作を引き起こす主要な因子を見ていきたいと思います。

 

(1)遺伝的要因

 一般的に痛みは遺伝的要因によって調整されることが知られています。

 

 線維筋痛症患者では、圧痛閾値が低下しており、その特徴は線維筋痛症の有無にかかわらず、一親等内の縁者で同じように認められます。

 

 線維筋痛症だけでなく、そのほかのCSSに分類される症候群にも、遺伝子的な特徴があることから、CSSは多因子遺伝病であり、かつ環境からも重大な影響を受けるものであると言われています。

 

(2)自律神経障害

 CRPSに代表されるように、中枢性感作では交感神経の過活動が認められます。

 

 交感神経の過活動は、疼痛の広がりだけでなく、睡眠障害疲労といった症状を引き起こします

 

 この中枢性感作によってもたらされる自律神経障害は、CSSで見られる多くの症状を説明することができます。

 

(3)心理的要因/ストレス

 多くの研究で、CSSでは不安や抑うつ、ストレスといった心理学的な問題が認められることが報告されています。

 

 健康な人でも、不安が存在すると熱刺激に対して時間的加重(Wind up)が認められるという報告や、線維筋痛症患者の圧痛の強さが不安や抑うつと相関しているという報告があります。

 

 さらに、破局的思考により疼痛閾値が低下すること、脳の痛みに対する注意・情動に関連する領域が過活動することなどが明らかになっています。

 

 これらのことからも、心理的な要因が中枢性感作に関与している可能性は高いと言えます。

 

 また、子供の頃の心的外傷の経験なども、長期間にわたって神経系の可塑性変化を引き起こし、CSSを発症する素因になる可能性があることも分かっています。

 

(4)炎症・感染

 感染や障害によって引き起こされる炎症は、中枢性感作に関わる侵害受容性ニューロンの活動を亢進させます。

 

 このため、変形性関節症や関節リウマチなどの炎症性疾患を持つ患者さんは、中枢性感作が起きやすい状態であるといえます。

 

 しかし、Caumoら(2016、文献5)の報告では、同じ慢性疼痛であっても、器質的異常のない疾患線維筋痛症や筋筋膜性疼痛:Yunusの定義したCSSと、構造的な異常を認める疾患(変形性関節症)では、血液中のBDNFの濃度が異なるとしています。

 

 そして、このBDNFは、運動野の興奮抑制作用を阻害(興奮状態を維持する)したり、下行性疼痛抑制系の機能を低下させるとされています。

 

 したがって、同じ中枢性感作があったとしても、器質的異常のないCSSと器質的異常のある疾患では、その病態が異なっている可能性があります

 

(5)睡眠障害/その他

    睡眠障害も中枢性感作を引き起こす要因になるとされます。

 

    健常者を対象者にした研究で、睡眠が障害されることによって、多発性のtenderness point (圧刺激に対して過敏な点) が出現したことが報告されています。

 

   その他にも、化学物質や環境雑音が中枢性感作を引き起こすとされています。

 

    さて、このように様々な因子が中枢性感作やCSSに関与しています。

 

    そして、Yunusの論文で示されているように、この二つの間には二方向性の関係があると考えられます

 

    したがって、CSがCSSを生み、CSSがCSを増悪させるという悪循環を作り上げてしまうのです。このことが、治療を難航させる原因の1つになっていると考えられます。

 

 <文献>

(1)Muhammad B. Yunus . Fibromyalgia and overlapping disorders: The unifying concept of central sensitivity syndrome. Semin Arthritis Reum. 2008; 37: 339-352.

(2)Alicia Deitos, Jairo A. Dussan-Sarria, et al. Clinical value of serum neuroplasticity mediators in identifying the central sensitivity syndrome in patients with chronic pain with and without structural pathology. Clin J Pain. 2015; 31: 959-967.

(3)伊藤誠二.痛みの生化学 最近20年の進歩.生化学:89 (6):841-855.

(4)松原貴子、沖田実、盛岡周.ペインリハビリテーション.三輪書店,2011.

(5)Wolnei Caumo, Alicia Deitos et al. Motor cortex excitability and BDNF levels in chronic musculoskeletal according to structural pathology. Front Hum Neurosci. 2016; 10:1-15.